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zoom RSS 『魂萌え!』 by 桐生夏生

<<   作成日時 : 2005/09/20 01:17   >>

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 自分の父と母が主人公たちと同世代であることを踏まえて、この作品の登場人物たちが非常にエネルギッシュに、年齢異常に若々しく感じるのは私だけだろうか?それとも私の父母が老けすぎているだけだろうか? そもそも我が家はこういった「秘密」をお互い持っていない、本当にごく平凡な家族である。「もしかしたらあるかもしれない」「そんなこと、この主人公のように夫(父母)が死んで見なけりゃ分からない」ということもいえるのかもしれないが、それでもまあ、まずそういうことは無い。かえって残念なくらいに。母は年中腰の痛みと異常なほどの暑がりを訴え、昨年とうとう手術までしたのだが大して改善されたとも思われない。近くのスーパーひとつ行くにも車を使い、歩くことを極端に嫌がり、当然肥満体質、腰にも言い訳が無い。そのくせ陶芸やら油絵やらに熱を上げて家事をおろそかにすることもままあるほど、情熱は持ち合わせているのだ。
一方父はというと、先立った祖父と同じく明治気質の堅物に織田信長を掛け合わせ、そこから角を取ったような、しかも神経質な極度のA型人間である。長年人の上にたってきただけあって、会社を辞めたいまでも指導する立ち場の強みをもっている。真面目なことこの上なく、色恋沙汰にはとんと縁が無い男、しかも午前さまやら飲んで酔って帰ってきたこともまず無い。とにかく作中のような「秘密」があるような、ドラマティックな人物ではない。お代官様、ご主人様と父親面を振りまいて家族を養ってやっているという自負だけで十分欲求は満足してやれる。必要以上に家族やら家庭やらに理想と執着を持つタイプなのだからなおさら、家族を裏切る行為はまず出来ないだろう。

こんな家庭の、どうしようもないニート娘の私だから、このような作品にあったところで実感が持てないというのが本音である。父親なんぞくそ食らえ、こんな家なんぞ知るか!と心底思うことは多々あるが、それでも主人公の娘息子たちのような勝手冷徹な振る舞いはしないと思う。相続だの金銭的な問題だのに無頓着なところがある、というせいもあるし、まだまだ健在である父母を目の前に毎日暮らしているせいもあるだろうが、「思いっきりテレビ」のごとく嫁姑も無く、財産争いも無い。人生劇場の舞台に立てる器量ではないことは分かっている。
だから、この「どこにでもありえる滅多に無い人生劇場」は、もしかしたら自分の身におこるかもしれないという警鐘を鳴らすような作品でもなく、愛憎劇仕立てのドラマでもなく、還暦という老人入りを迎える女性の社会的世間的な弱さを哀れむものでも無く、むしろこのよく言えばお人よしの、はっきりしない、大人しい、燃えカスのような主人公が自立し一人の人間として再び情熱と感情とを燃え上がらせる・・・萌えるまでの成長物語として受け止められた。
一般的に男は死ぬまでそっちの方面がご健在で、女は逆に閉経と共にそういう情熱や欲が意気消沈してしまう、火が消えてしまうと思われている。まあ、大体がそうなのだろう。この作品でも妻・女である主人公は家で大人しくつつがない生活をいつもどおり繰り返してきたが、その一方で男である夫は、外で愛人という秘密を作っていた。大金を融資し、歯ブラシを彼女の自宅に常時置いているほどに。男はいつでも萌えている、いや、萌えを求めている・・・が、結局何も得られなかったのではないかと思えてしまう。ただ秘め事が欲しかったのかもしれない。人生は秘め事なのだ。偲び、秘め、心に留め、それを糧に生きていく。様々な人に出会い、ぶつかり合い、ひしめき合い、その中でお互いの中に残したものが時として『秘密』になり、それを秘し通すために生き続ける。人間は、そういう生き物だと思う。

また、夫の突然死がほとんど悲しいこと、というより身勝手なこととして書かれている点は非常に納得がいく。というのも、夫じゃなくても今私の父が突然死したら、おそらく私も母も路頭に迷うことが目に見えているからである。おんぶに抱っこ。まさに社会的なこと金銭的なこと、いろいろな意味で父は我が家を支えているのであり、それは揺るがない事実であることは否めない。ただひとつ反撃するならば、父にはそうして「養ってやる」家族が、扶養してやる矛先があるということが、彼を支えているということもまた事実だ。
夫に突然死なれて、主人公は混乱する、不安になる、悲しみにくれる。非情で自分勝手なことばかり言う子供たち、「安全圏」から三者三様の助言をしていく友人たち、親身になりながら色仕掛けをしてくる男、行く先々で出会う未知の場所、人々、人生。最初から最後まで一貫して、それら全てが裏切っている。いい意味でも悪い意味でも。読者としては「今度こそ本当に信頼できる相手か」と期待させられながら、毎回裏切ってくれる。親身になって話を聞いてくれるかと思えば、カプセルホテルの野田は冷たく態度を一変し、風呂ばあさんは金を巻上げ、男はあっさり鞍替えした。結局信じられるものなど全てをおんぶしてくれる他人などいはしないのだ。自分で生きていくしか、自立していくしかないのだという言葉があふれている。裏切られる度にへこんだり悲しんだりキレたりしていた彼女だが、最後にはその裏切り(編集者が勝手に自分をネタに投稿したこと)を平気な顔をして見ていられる余裕を見せた。これが成長だ。
主人公は、途中何度もへこみ、憤り、キレ、絶望もする。先にさっさと逝ってしまった夫を恨みもした。死んで初めて知った夫の事実、秘密を知り、自分がどれだけ夫のことを知らずに生きていたか、遠い存在だったかに気がつく。はっきり言って、作中ほとんどが夫の死への悲しみというよりはうらみつらみである。それでも最後に、素直に死を悲しむことが出来たのは、生前夫を知る人々・友人たちとの交流、友人をはじめ未知の世界と人々との出会いで周りを見ることが出来、自分を律することが出来たからだと思う。多種多様な人生と世界を知り、『自分』が生まれて、一人で歩き出し、初めて周りが見えてくる、そして夫を一人の人間として見て、ようやく一人の「夫」を失った悲しみを想うことが出来る。
これは一つの魂の成長物語であり、消えかけていた燃えカスが再び燃焼するその熱い火種に気がつくまでの物語である。
決して老人にだけ当てはまるものではない。誰もが持つ弱さ、孤独感、不安、そういったものを自分でやりくりしていくしかないのだ。
秘密を持て!魂を燃やせ!萌えろ! 自分自身で生きるために。

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桐野夏生『魂萌え!』 還暦を越えたオジサンのための「愛妻家入門』
いつでも、どこにでも灰色のビジネススーツを着ていくような、まじめで実直だけがとりえの、平凡なサラリーマン、定年退職後、ゴルフと蕎麦打ちを楽しみ、健康診断も欠かさない63歳の隆之。 隆之の性格も好みもよく心得て、家庭を守り子どもを育て、地域と仲良く付き合い、夫を支えてきた59歳の妻・敏子。 私はこの種の組み合わせの夫婦ならもっとも身近にいるのでよく知っている。 ...続きを見る
日記風雑読書きなぐり
2005/09/20 10:22

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内 容 ニックネーム/日時
『魂萌え!』について私は主人公と同年代と言う立場から深いところにある共感を覚えました。あなたの場合はちょうどこの逆の立場にあるのですね。そういう方のこの作品の印象についてはいままでみたことがなかったもので大変興味深く読みました。とくにご家庭の模様をここまで踏み込んでそこにいる自分から率直に作品を語る女性のブログなんてとても新鮮でした。我が家には結婚もせず、ひとりは同棲を最近始めた30過ぎの娘が二人いて親元から独立していますが、「本を読んで世界をひろげろ」などと昔はお説教をしたものですが、どうやら実践で突き進んでいるところなのでしょう。
この主人公がなにやかにやあってでも「魂が成長した」と感じてくれる若い感性にとてもうれしく思いましたよ。
よっちゃん
2005/09/20 10:16

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