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zoom RSS 『しゃばけ』〜『おまけのこ』 by 畠中恵  妖怪への賛歌

<<   作成日時 : 2005/09/25 01:35   >>

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「しゃばけ」「ぬしさまへ」「ねこのばば」「おまけのこ」とシリーズが続くにつれ、だいぶ「謎」の部分が削げ落ちてミステリー的な分野からコメディーものになってきた(笑)
もちろん悪い意味ではない。ただ最初、そう、「しゃばけ」を読んでいた頃はミステリーとして紹介されていた節があったので、かえって本来のカテゴリーに落ち着いたという感じだ。
薬種問屋&回船問屋の若旦那「一太郎」は、体質虚弱、体が弱く外出もままならない。両親には甘やかされ、実は大妖怪である手代2人に始終見張られ大事に育てられている。 そんな若旦那後には大妖怪と人間の血が流れている・・・そのためいつも周りには手代2人をはじめ、子鬼や鳴家など妖怪が取り巻いている。そして『鬼太郎』よろしく平穏無事に暮らしている。
そんななか、「事件」が起き、若旦那は妖怪たちを使い、推理をきかせ、事件を解決していく。
垣間見る人情の世界、悲しみ、喜び、秘密、幸不幸、怒り妬み・・・様々な人間模様や心情がそれぞれの回で見ることが出来る。

この作品の見所はなんといっても登場する妖怪たちが可愛いこと!魅力あふれるキャラクターたちだ。日本の妖怪は『鬼太郎』のアニメ化を経て、いつの間にかこんなに害の無い可愛いもの、「キャラクター」として描かれるようになってしまった。そしてそれがまたユーモラスなのだ。
妖怪的な感覚がちらほらあるにはある、がどうにも人間じみている。憎めない。
私が考える妖怪的な感覚はこのところ変わってきている。

以前の「妖怪的な感覚」とは、たとえば人間をエサとして、弱肉強食食物連鎖の中では当たり前の食行動の一環として「殺し」「食べる」ことが出来るような感覚だ。
その意味では「寄生獣」のほうがよほど「妖怪」らしい。
妖怪的な感覚、(私の昔の)それは「自然」にちかい、ヨリ純粋な、生物の動物の本能的な感覚によって培われたものだった。情が入り込まない、無慈悲な、けれど絶対的なもの。
私の頭にいつもこびりついてはなれない言葉が、その「寄生獣」のなかにある。
 「地球は最初から泣きも笑いもしなかった」
自然環境問題だの、保護だの叫ぶ人間に対して突っぱねた寄生獣ミギーの言葉だ。

さて、随分話がそれてしまったので戻そう。
ようは、そんな絶対不変の「神」、自然サイドに生きている野生動物の一種として「妖怪」を捕らえていたのだ。私は。 私の幼い頃の「妖怪観」は、妖怪は「未知の生物」であって存在しうる生物だ。
(その意味でいったら「宇宙人」だって存在しうるといえる。地球人だって宇宙人だし。)
むしろ人間がそういう自然から離れている別の生物、といった感覚を持っていたのかもしれない。
しかし今は、それが大分違っている。影響を受けたのは小松和彦、京極夏彦、あたりだろう。

  妖怪は人間なしには生まれない。
そんな考え方が今の私の妖怪観念だ。もしかしたら、人間が、自然の中に作り出した生物といえるかもしれない。自然を、未知のものを理解するために敢えて「そっちの」世界に移住させた存在。
妖怪学は今発展しつつある。なにせ上に上げたような先生方がご健在である。
自称妖怪を名乗る水木先生もいらっしゃる。 これからまだまだ私の妖怪も進化する。
これからの日本の妖怪がどう生きるか楽しみである。

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