■空蝉草紙■

アクセスカウンタ

zoom RSS 『コロビマス』 by 山本音也 隠れ切支丹への鎮魂

<<   作成日時 : 2005/09/26 02:29   >>

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 2 / コメント 2

キリスト教を批判する人の言葉に必ず上るのが「なぜ救ってくれないのか?」という言葉。
仏教と違ってキリスト教は主=神=デウスが人をはじめとする万物を作ったのであり、かの有名な旧約聖書のくだりにある通り、エデンの園から人を追放し、原罪を背負わせた。『産めよ、殖えよ』といいながら、その罪の代償としてお産の苦しみを与え、永遠に取り除かれることの無い『原罪』の烙印を押した。そうした上でデウスを信じるものは救われる、神の国に迎えられるという。
時代は鎖国の日本、江戸時代の長崎。
基督教徒は狩られ、殺さずに拷問にかけて改宗させる、すなわち「コロバセル」のが幕府の方針であった。長崎といえば隠れ切支丹。この物語は実在の人物宣教師(パードレ)フェレイラが「コロビ」、
イエズス会の名宣教師から、キリシタン摘発の目明し(十手持ち)に転向した史実を膨らませたものである。
内容は大方がフェレイラの自問自答、キリスト教・神への不振と疑問、日本という国への執着愛着、そして宣教師と隠れ切支丹たちへの迫害・拷問の数々である。
神を疑うものや役人たちの言葉は未だ交わされ続けている問答である。
 「なぜ神は人間を作ったのか?」作っておいて罪を負わせる神、その意味はなんなのか?
殉教=死を積極的に進める(とされる)この宗教は、人を救うのではなく殺すのではないか?
全ての人間は平等だといいながら、なぜ飢えに病に苦しむ貧民を救ってくれないのか?

未だ交わされ続けるこの問いの答えはここには無い。(私とて正直、キリスト教徒ではないのでハナから救ってくれるとも思っていない。ので救わなくて当たり前だとしか思っていない。)
しかしここに一つのあり方を示したパードレがいる。フェレイラがなぜ改宗し、日本に骨をうずめたのか。それが最大のミステリーであり主題である。
絶対一神教のキリスト教国ヨーロッパと、あらゆるものに命=神を見出す八百万の神の国日本。
あまりに根本的に違う国において、彼は日本人を教化することを断念した。日本の神を殺さず、日本という国を、(他の植民地と同様に)塗り替えるでもなく、いやそれは不可能であると判断した。
日本におけるキリスト教は本土のモノとは質を異にする、別物・・・『耶蘇教』であるという。
それでもこの国に人々に「生きろ」と、この国の未来のために何が出来るのかと、いかに生き、いかに永らえるかを懸命に追い求めた。たとえそれが改宗という踏み絵を踏むことになろうとも。
 私は宗教は死ぬためではなく生きるためにあるものだと、そう信じている。
地獄も極楽も、幽霊も水子も、三途の川も、全て全て残されたもの、生きているもののためにある。
神のために人があるのではない。人のために神がある。
人が生きるために、100人いれば100通りの「カミ」が在る。「カミ」は必ずしも神ではないと思う。
  私の信じるところのカミは、簡単に言えば『法則』、いわゆるきまりごと、なのだが、
  まあその話は別の機会に。
宣教師を中心とした読書は、実はこれが初めてである。遠藤周作の『沈黙』のほうが有名らしいが、私はこの小説に出会えてよかったと、心から思う。

コロビマス
コロビマス

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
面白い

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
宗教に縁のない私のキリスト教に関するまじめな疑問 その1
最近は酒の席でも宗教に関する話題が増えています。長年、論語・老子・荘子・韓非子などを一緒によんできた仲間には洗礼を受けたクリスチャンもいて、いい加減な扱いではなくいろいろな観点で話が盛り上がるときがあります。そんな席でわたしはこんなことをいいました。 ...続きを見る
日記風雑読書きなぐり
2005/09/26 14:10
宗教には縁のない私のキリスト教に関するまじめな疑問その2 『小説 聖書 新約編』
2002年12月5日 前に読んだアベカシスの 『クムラン』ではイエスですら磔刑の苦痛のなかで 「なぜ神は私を見捨てるのか」 と絶望することが記されていた。 これでは往生はできません。 この神の子にして救われなかったとするこの小説に虚構としての面白さを感じたのである。 しかし、どうやら虚構と断定するにはそう単純ではないようです。 ...続きを見る
日記風雑読書きなぐり
2005/09/26 14:12

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ミステリー史上最高の傑作/ベストセラーは聖書だといわれます。
私もキリスト教神学にある謎には大変興味があるのですがそれは遠藤周作『沈黙』を読んだのが最初でした。
「神はなぜ沈黙しておられるのか」=「なぜ救ってくれないのか』ということですね。この作品は読んでいませんがおなじ転び宣教師を描いて正反対の答えを出しているような気がします。この記事を読んだだけの印象ですが『コロビマス』のほうがはるかにわかりやすいですね。
最もわからないのはキリストが磔刑の場で苦悶の表情のうちに同趣旨の神に対する怨嗟を吐くことです。これも聖書にちゃんとあるのですが、不可解。
そんなことからこのジャンルも雑読しております。
『コロビマス』よんでみます。
よっちゃん
2005/09/26 14:04
コメント頂き、有難うございました。
私こそまだ『沈黙』を読んでいないのに知った口をきいてお恥ずかしいです;; 私も遅れながら、『沈黙』読んで見ます。
正直キリスト教には反発すら感じる私ですが、何の因果か高校はカトリック系の女子高でした。父方の家もクリスチャン。何が嫌いかって、あの頑なな精神が嫌いなのです。従わぬものは服従させ、拷問、奴隷、魔女裁判・・・数え切れないほどの圧制を強いてきた国々の信奉するものがキリスト教である、唯一絶対のこの神に従わなければ滅びる、そう断定してやまない彼らの意見にどうしても反発を感じるからです。
そういうところも含めて、キリスト教に疑問を持つ私がこの作品に出会い、一つのあり方を彼フェレイラに見た気がします。
まだまだ考える余地ありですね。
空蝉
2005/09/26 21:23

コメントする help

ニックネーム
本 文
『コロビマス』 by 山本音也 隠れ切支丹への鎮魂 ■空蝉草紙■/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる