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zoom RSS 『バッテリー』 by あさのあつこ

<<   作成日時 : 2005/09/28 01:12   >>

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小学生としては天才的なピッチャー巧は田舎に越してきた中学を控えた春休み。自分の才能に自信を持ち、他人も他のことも切り捨てクールに振舞う彼はただ一人、誰にも受け止めきれない速球を投げ続ける。しかしこの田舎で同年のキャッチャー豪に出会い、バッテリーを組む。

物語まだ一巻目なので中学生になる前の春休み、巧と豪と、弟(青波)や彼らを取り巻く大人達の環境しがらみetc…ほとんど状況説明と人と柄の紹介である、が、みんな魅力的だ。
巧は母を初めとして自分のことを分かってくれる人がいないという確執があり、苛立ちさえ覚えているように見える。そこに誰も受けキレなかった自分の速球を、理解されなかった自分を受け止めてくれるバッテリー「豪」が現れた。
素直になれない、というか変に大人びてストイックな巧が、豪の前で少しずつ感情もみっともないところも涙も表していく。
子供は(という私も大人とは言い切れないかもしれないが;;)どうしても「誰も自分のことをわかっちゃいない」と考えがちだ。いわなくてもわかれよ、どうして分からないんだよ、そう叫ぶだけだ。
なかなか自分から説明したり、求めたりはしない。そこがまた意地らしく、それこそが若さ、パワーだとも思うのだが、これがなかなか厄介なものだ。
だから、バッテリーを組んでいるだけで、キャッチボールをしているだけで、相手の具合・・・苛立ちや心の不安定を汲み取る相手というのはきっとものすごく有難いに違いない。
正直、喉から手が出るほど欲しい存在だと、私は思う。
いわなきゃ分からないことが世の中溢れているし、いわずに分かれというのは我侭だ。理不尽だ。
豪にしたって巧が不調なのかとか、何か溜め込んでいるなとかいう異変には気づいてやれても、それがなぜなのかとか解決してやろうとかそういうことは一切無い。エスパーじゃあるまいし、頭の中まで分かるわけない。
けれど相手を分かってやるということは学ぶことではない。教えてもらうのでもない。見て、話して、聞いて、相手を分かるようになる、感じ取るということだ・・・と思うのは私の勝手な妄想か?

全部自分で完結してしまって、手に余らせている母親の不器用さも面白い。実際こんな神経質な母親はなかなかいないだろう?ともいいたくなるが、まあそこはこの作品の設定だ。
この母親との確執も一つの大きな問題となっていくのは間違いない。
全6巻にて完結してしまったらしい『バッテリー』を今更読んで書評を書くのも恥ずかしいが;;
私としてはたまに垣間見せる、女心をくすぐるようなシーンがたまらない(笑)
「バッテリー」の同人誌がでているというのもうなづける。顔がにやけてしようがない(~_~;)
なんにせよこれからの展開が楽しみだ。

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