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zoom RSS アンチ『葉っぱのフレディ』 児童文学あれこれ(1)

<<   作成日時 : 2005/10/12 01:23   >>

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さて、私は実のこといいますと、けっこう童話や児童文学が好きだったりします。
今でも心に残っている絵本や童話がたくさんあるし、そういうものは本当にいつまでも忘れることが出来ません。
きっと子供の頃に読んだものってある意味一生を左右する要因の一つになるんじゃないでしょうか? きっと誰にでも忘れられない本や、心空はなれない心象風景のような挿絵が、絵本が、あると思います。何年か前、大人のための童話、なんてのが一時はやって、有名なものでは
『100万回生きた猫』とか、『葉っぱのフレディ』とかでしょうか?
私は『100万回〜』に涙しましたが、『葉っぱの〜』は嫌いでしたね・・・ヒネクレ者なものでして;;
どうしても役に立たない人生は意味がないってのかよ!って反発しちゃうんですね(笑)
まあ、それよりも、余りにもありきたりで、哲学めいちゃってて・・・
人間って、もっと死ぬ前に悪あがきする人や、自分の人生を悔やんだり、喜んだり、悲しんだりいろいろでしょうに。あんな潔い人(葉っぱ)ばかりなわけないじゃん!と。
ついでに言わせてもらえば、私は誰かのために生きたい訳じゃないですし。
一人では生きられないし、人間に限らず万物はお互いの影響下で共存しあっている・・・というのはわかるとしても、誰かのために生きるわけでも死ぬわけでもないでしょうし。
こういう考え方を子供っぽいとか大人気ないとか言う人も多いでしょう。
実際親には「自分ひとりで生きてるんじゃないのよ」なんて言われたし。
別にそういうつもりじゃないんですけどね。
よくそういうのって、「誰かが自分のために生きてくれるから、自分も誰かのために生きるんだ」みたいな、人類愛みたいな考え方を耳にしますが・・・それって一見、すごくいいのかもしれないけど。
でも逆に言えばそれは誰かが自分のために生きてくれないなら自分も人のために生きられない」っていう風にも取れます。ま、天邪鬼ですが。
言葉遊びみたいで申し訳ないぜれごとですが、それでも・・・
もちろん自己中になれってんじゃありませんが、もう少し自分のために、
まず自分で生きてみなきゃと思うのは、私だけでしょうか?

さて、そんなわけで(どんなわけだ?)
このたび初の小説に引き続き、初の童話にチャレンジ!です(笑)
もう、初めてモノばかりできっと御見苦しいとは存じますが。
もし良かったら見てやってください。またきっと長編になります;;
では、明日から。
葉っぱのフレディ―いのちの旅
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