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zoom RSS 『東京タワー』 by リリー・フランキー  ~オカンとボクと、時々、オトン~

<<   作成日時 : 2006/02/13 01:21   >>

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時々、人に読ませたい作品というものに会う。勿論いい作品はどれも、多くの人に認めてもらいたくて友達や先輩、親などに勧めてしまう私だが、今回のこれ、『東京タワー』は私の「オカン」に読ませたい作品だった。
母の母、つまり私の祖母は今叔父夫婦と同居している。私が生まれた時には既にそうなっていた。
叔父の嫁さんは気の強い人で派手好きで、教育ママで、成金趣味、というのが私の幼い頃からの印象で、祖母はまたそれに負けず劣らず強気の頑固者で、元気なおばあちゃん、だった。
祖母の体のあちらこちらに不具合が発生するようになってからここ数年、あれほど元気で仕切っていた祖母はいまや「やっかいもの」の立場になっている。
やっかい者だ、というのではなく敢えて「立場」にとどめるのは、叔父夫婦をはじめ周囲が祖母に多大な感謝を持っているからだ。今の立場、家、財産はすべてこの祖母の絶え間ない壮絶な苦労の末に築き上げられたものだということを、皆熟知しているからだ。
それでも、とうとう痴呆もっと言うとアルツハイマーが進んできた祖母の介護は、これまた想像以上の苦痛を叔父夫婦に・・・ことに嫁さんに強いる事になった。
実の娘(つまり私の母)ではなく、一番身近にいる「嫁」に、一番つらく当たる祖母。
しかし母は、もしかしたらそれを悔しいと思っているかもしれない。
今、祖母と本音で喧嘩して、しのぎを削りつつも暮らしているのは「嫁」なのだ。
自分の母の、一番そばにいてやりたいときに、そばにいることが出来ない母。
「嫁」さんつまり義妹に、申し訳ない苦労をかけているといつもすまなそうに話す母。
義妹は介護に疲れて今心身ともにぼろぼろになっている。それでもそれを、母はもしかしたらうらやんでいるかもしれない。本来自分がすべき苦労だったのにと、複雑な羨望を抱いているかもしれない。娘の地位を、取られてしまったかのように、悲しんでいるかもしれない。
時折、そんな目を、している。
最近母がよくこぼす言葉は、「孝行したい時に親はないって言うけど、本当だ」だ。
あれもしてやればよかった、これも出来てない、あそこにもつれてってない・・・そればかり。
私が以前、こんなことを答えてやった。
「親からもらった恩は、大きすぎて一生償っても返しきれない。だからその代償は、自分が親になって子に与えなければいけない。そうすることでしか、恩を返せないんだ」って。
我ながらよく言えたもんだ。かっこつけすぎたが、それでも母はこの言葉を喜んだ。
まあ、これは私事のもので作品自体とは関係ないが、でもこんな作品を読んでいると、主人公「ボク」と「オカン」との関係が、母と祖母との関係に見えてきてしょうがないのだ。
  「世の中に思いあれども 子を恋ふる思いに勝る 思いなきかな」 (『東京タワー』より。(講・福沢諭吉))
 この歌が、何より心に突き刺さって離れない。
きっと、自分がいつか同じ思いを、幼子に向ける日が来るのだろう。
いつか、私もこの思いの恩を、母に返せる日が、そのとき来るのだろう。
東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~
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