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zoom RSS 『秘密』 by 東野圭吾

<<   作成日時 : 2006/02/21 01:56   >>

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映画が駄作だったため、読むまいと思っていた作品だが、著者の直木賞受賞を記念して(?)読んでみた。予想外に、よかった・・・予想以上に切なかった。
とうの昔に読まれ、多くの人が感想も書評も書きつくした後だろうから、私が細かいことを言うのはやめて置こう。けれどひとつだけ。
この作品を読んで、妻・直子を非難したり、夫・平介に同情したりするのはお門違いだ。
最後の最後で明かされた直子のとった行動、永遠の『秘密』は、夫・平介との暗黙の了解での秘密である。よく『墓場まで持っていく』秘密という言葉があるが、まさにこれは彼らの、お互いに対する、墓場まで持っていく秘密だ。
私の父は以前「親は子供のために死ぬことは出来ても、俺は夫婦のためには死ねないと思う。」と言い放った。母がどんな顔をして聞いていたかは想像に任せるが。
まあ、この点については私は同意できない・・・今のところ。
けれど、直子のとった行動は、まさにこういうことだったのではないか。
もちろん、彼女自身が、両者のために、自分の見つけてしまった素晴らしい人生のために、
ああしたのだといえないこともない。しかし。
直子は自分の新しい人生を望んで、そのためだけに娘として「再生」したのではない。
ましてや夫のために、娘を与えるために、自分を諦めさせるためにそうしたのでもない。
もうひとつ、大きな要因がある。 娘、もなみのためだ。
夫のためには死ねないけれど娘のためには『自分』を死ねる。
父の言葉を借りれば、そういうことになる。
もちろん、この作品の場合は娘のことと同時に、夫が新しい人生を歩み直してしまった直子を解放したという大きな転機があったことは無視できない。
そして夫からすれば、この決別・解放はあの事故までの妻・直子、自分の愛した最初の直子を
愛し続けるという、最高の誓いであったと思う。
彼の愛したのはあの時代に生き、ともに歩んだ、同世代の同時代の直子である。
もなみと同じ時を刻んで違う時代を生きてしまった、この直子ではない。
夫婦の愛という意味、親子の愛ということ、人格の尊重、あらゆる意味で、心打たれた作品だった。
そして同時に、切なかった。
そして最後に一言。
私の結婚式では、泣いてくれるな。  父と母。

(あらすじ)
妻・直子と小学5年生の娘・藻奈美を乗せたバスが崖から転落。妻の葬儀の夜、意識を取り戻した娘の体に宿っていたのは、死んだはずの妻だった。その日から杉田家の切なく奇妙な“秘密”の生活が始まった。映画「秘密」の原作であり、98年度のベストミステリーとして話題をさらった長篇、ついに文庫化。 (「BOOK」データベースより)
画像
秘密
秘密 (文春文庫)

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