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zoom RSS 永遠に眠る〜No1

<<   作成日時 : 2006/03/30 20:14   >>

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私が、誕生日を恐いと思うようになったのは、いつからだろう?

誕生日を迎えるのが恐怖となるのは女の宿命のようなものだろうけれど、幼い頃も青春真っ只中の頃も、自分にそんな時が来るなんて思っても見なかった。
尤も、そんな時といっても私はまだ20代半ばちょっと過ぎ。うまくいけば100歳まで生きることすら難しいことではない日本女性の平均寿命を考えると、まだ人生の5分の1をちょっと過ぎたばかりな私は、残り5分の4の年長者方に
「まだ若いくせに何言ってるの!」
と笑い飛ばされるだろう。そもそも歳をとる恐怖というのは歳をとったらとっただけ自分が死に近づいたということ、つまり死の恐怖ということに直結するのだろうから、普通はこんな若い身空で悩む問題ではない。
いつ死んでもおかしくないご高齢の方々や重病を患って余命いくばくもない人が歳をとるのを嫌がるのは死を恐れるからだろうし、死とまでは行かなくとも、体が言うことを聞かなくなる、今まで出来たことが出来なくなるといった近い未来に対する恐怖、不安だ。

けれど、私の年齢に対する恐怖はちょっと違う。
私の場合は未来に対する恐怖や不安ではなくて、近い過去から現在に対する後悔と現在の自分に対する不安だ。後悔というよりは失望、不安というよりは焦燥感といった方が良いかもしれない。
歳をとって体が不自由になりアレも出来ないコレも出来ないようになる、そんな避けられない未来を恐がっているのではなくて、出来なかった事実が重なるその自分の不甲斐なさが重なっていく恐怖である。自分の価値が一つずつ削られていく、年齢という言い訳を1年また1年と失っていく、出来なくなる恐怖ではなく出来ないで終わってしまった自分を見る恐怖だ。
きっと、こんな言い方をしてもわかってもらえないだろう。
だから、これからしばらく私のしようもない性根をまず紹介して行こうと思う。
それで少しでも理解して、
「こんなしようもない甘ちゃんが生きているんだから、この世の中もまだまだ平和。」
とでも感じていただけたら幸いだ。

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