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zoom RSS 『第九の日 The Tragedy of Joy』 by瀬名 秀明

<<   作成日時 : 2006/07/23 01:11   >>

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画像ロボットものは数えるほどしか読んでいない私だけれど、コレはまた新しい。
何が新しいって、人間の本性の追求にロボットを使うという逆転の発想が、だ。

作者としては後半の「永遠の町」に焦点を起きたかったのだろうけれど、
正直後半はだれてしまって、飛ばし読みしてしまった。申し訳ない;;
中盤は中盤で、なんだか「ジェラシックパーク」みたいだったし(笑)
でも、そんな中でも『人間の本性』についてレナとケンイチが考え立ち止まるところは
私も考えさせられる。たしかに感慨深い。
イイトコついてるんだけど、展開がなんとも・・・ジェラシックパーク・・・

前半の「人間」について、人間たるためには何が必要なのか、というところに
「殺人」を置いたところ。この発想は今までなかなかお目にかからなかっただけに
おもしろい。もちろん、専門分野では昔から言われてきたことなのだろうし、
行ってみれば2000年以上前から「殺人」という原罪は語られてきているのだから。
(なにしろ世界の最高ベストセラー(聖書)の記述にあるくらいだ。)

けれどこうしてストーリー性を持たせ、キャラクターに語らせ、動かし、
小説になった例は少ないのではないかと思う。(あくまで一般論)

人間の本性は何なのか?「心」は人間の力の及ばないところ=神の手のものなのか?
こうした作者は、この作品も含め、たいていロボットに心を持たせることは「絶対不可能」とは言い切らない。アトムがいい例だ。
それはロボットに取って代わられる、とか、ロボットのほうがよほど『人間らしい』とか、
そうした現代社会を皮肉たっぷりに批判するための方便だったりもするかもしれないけれど。

でも、私は現実問題としてはありえないといいたい。
ロボット・・・機械は予想することは出来ても、想像することは出来ない。
組み立てることは出来ても、0から作り出すことは出来ない。

そしてロボットに心を持たせることが人間に可能かといえば、それは傲慢だ。
人間は神じゃない。人間が作り出せるのは、人間の肉体と人間関係だけだ。
心をはぐくむことは出来ても持たせ、吹き込むことは出来ない。違うか???

ロボット精神学とか小難しいことは専門家に任せるとして、
ありえないことはありえない、と、そう思うことで私は安心するのだからしょうかない。


イギリスで一人旅を続けるケンイチが迷い込んだ「永遠の町」は、人間のいない、ロボットだけの町だった―。なぜ、ぼくたちは、痛みを感じないのか?「心」は神の奇跡なのか?AIとロボティクスの近未来を描いて、瀬名秀明が永遠の命題に挑む、畢生の恋愛科学小説!憧れと驚き、そして歓び。いま、豊穣なる「物語」の力が、世界を救う。(「BOOK」データベースより)
第九の日 The Tragedy of Joy
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