■空蝉草紙■

アクセスカウンタ

zoom RSS 『冷たい校舎の時は止まる』 by 辻村深月

<<   作成日時 : 2006/08/13 10:26   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 1

あんなに仲が良かったのに、いつもつるんでいたのに、どこでも一緒に遊んだのに、
学生時代の女友達は、どこか知らない面を持っていて、開かずの扉を持っている。
自分の知らない友達を持っていて、知らない顔を持っていて、知らないところに存在する。
そういう時間を過ごしている大切な友達が、私にもいた。
いや、すべてを知っている人間なんてのはまず居ないと断言できる。
今でこそそんなのは当たり前と分別も付くけれど、そう思えることが良いことかどうか
それはまた違う問題だ。 けれど、あの時は大好きな友達に自分の知らない友達がいること、
自分の居ない時間を過ごしていることがどんなに寂しかったことか、今でも覚えている。
疑心暗鬼。まさにそんなところだ。

辻村の作品にはいつも自分自身の心に対する疑心暗鬼・・・不安をもつ人間ばかりいる。
不安定で、すべてを打ち明けられる支えがなくて、自己嫌悪に陥ってしまう弱い人間が。
彼(女)は暴走し、逃げに逃げて、逃げた先にもう一人の自分を作ってしまう。
もう一つの世界、もう一つの時間を作り閉じこもってしまう。
そこから救うことが出来るのは「許し」だけであるということ。
これがこの作品「冷たい〜」と次作「子どもたちは〜」の共通項だ。

作品としては、随時、一人一人を人格を作ってきたドラマと、彼ら一人一人の隠れたコンプレックスなり嫌悪材料なりを描いていてとてもよい。
ここまで詳しく描くこともなかったんじゃない?という人もいるけれど、私はいわゆる「その他大勢」のサブキャラ一人一人にも同じだけ人生があり時間が流れてきていることを考えると、こういう各々の描写があることは嬉しい。飛ばしたい人は飛ばして読めばよいのだし。(笑)

大切な友達、人間のすべてをすることが出来ないことがもどかしく、すべてを話すことが出来ないことが悲しく、自分にそういうところがあるということが許せない。
そういう強がりの弱さが自分を強く苦しめてしまうことがあるのだと改めて気付く。
自分の中にこもってしまったり、鍵をかけてしまうことでは、本当は解決しない。
「そこ」から出るには、「許し」が必要なのだと。

ただ残念なのはどうして深月が「許し」たのかがよくわからないまま終わっているということ。
最後、「屋上」から「深月」が飛び降りたということは、それは明らかに負けであるはず。
どうしてそれがこの世界に戻る=許すことに繋がったのかが、ちょっと不鮮明。

一番良かったのは榊&菅原の話。途中からそんな気はしていたし、榊と菅原のみフルネームで出てこないあたりうすうす感じてはいたけれど、やはりそうか〜!っと驚く展開だった。
毎度のことながらこういう作品構成には「姑獲鳥の夏」を思い出す。
私としては景子が好きだ。自分に似ているからなのか・・・ってもちろん私の頭はそんなによかないが。

ともあれ、期待を裏切らない辻村作品!次は「くじら」だ!

冷たい校舎の時は止まる (上)画像
冷たい校舎の時は止まる (上) (講談社ノベルズ)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
昨日3冊やっと読み終わった!

深月があまり好きじゃなかったけど話は

面白くて引き込まれた。

何も考えずに読んだから菅原・榊のこと

も何も気が付かなかった。

それにしても高校生とは思えぬ心の広さ

…本の中での話しだなぁと思ってしまっ

て感情移入出来なかった。セリフもクサ

イし。

面白かったんですけどね
トワ
2007/03/14 12:51

コメントする help

ニックネーム
本 文
『冷たい校舎の時は止まる』 by 辻村深月 ■空蝉草紙■/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる