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zoom RSS 『邪魅の雫』 by 京極夏彦

<<   作成日時 : 2006/10/14 21:25   >>

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待ちに待った京極堂の新刊!たまっていた分吐き出すように今回は死ぬ死ぬ死ぬ!
連鎖反応のように死んでいく人人人・・・模倣犯が日常化している今日の犯罪事情に通じるものすら感じるのは気のせいだろうか。
無論、一般的な犯罪心理学なんぞで計り知れる範疇を超えているのが、「京極シリーズ」に登場する当事者たちなのだが。
今回のメインは「個と公」「閉じた世間と複数からなる世界」・・・要は自分個人の認識する「世界」の法則が、どこまで他の、他人の、不特定多数の「世界」に通じるか、通じないのか、という点だろう。 自分の考える世界の法則はどこまで他の世界の法則に通じるのかと言うことを考え、己の世界と他の世界を同一視してしまったことに端を発した悲劇だ。

殺人という罪は裁かれなくてはいけない。しかしそれを決定し裁くのは世界であり人々の法である。決して被害者でもなく被害者に与する「私」でもない。
鉄槌を下すことが出来るのは、神だけであると私は思う。
神といっても、別にキリストであるとか仏であるとか言っているのではない。
あくまでも私の考えではあるが、神とは法。この世界の成り立つ構造組織であり、この世界に存在するための規則・・・というか条件である。
そこに適合しないことを行えば、当然はじかれる。 
事件がおき、一つの世界が構成され、その世界を他者達が「話」をし、物語となる。かの世界は物語=ウソの世界として世間話に再構成される。
一方、中心である主人公=加害者は法に裁かれ追放され、かの世界は中心を失い空洞化する・・・

今回は色々と考えさせられる作品だった。非常に自分に身近な問題だからだ。
日常どこにも転がっている世間と世界。 自分を中心として考えがちな私。
誰にとっても身近な、常に接している問題なのだから。

また、物語・昔話・伝説 などの民族的な見地も面白い。これは個人的にも大学で講義を受けた際かなり気に入った題材だ。
新書や講談社学術文庫、岩波文庫などにもかなり面白いものが揃っているのでご存知お方も多いだろう。 また次の機会に紹介したい。

最後に。  やはり決めてくれるのが榎木津!かっこいい!

邪魅の雫
邪魅の雫 (講談社ノベルス)

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