■空蝉草紙■

アクセスカウンタ

zoom RSS 『出口のない海』 by 横山秀夫

<<   作成日時 : 2007/02/17 11:49   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

画像
神風特攻隊や人間魚雷というコトバは知られているが、『回天』という名称は意外と知られていない。特攻隊が(大変失礼な言い方に当るのは承知で言わせて貰うと)華々しく、その名の通り「散って」行くのに対し、人間魚雷『回天』の乗組員は爆破するか、沈んでいくしかないからだ。暗い、冷たい、海の底。出口の無い海へと。

戦後50年記念だとか、終戦記念日だとか、そういった行事がここ数年ある度にTVドラマや映画など、各種メディアで大きく取り上げられる。
それはまるでブームかなにかのようでもあり、時として辟易するほど同じようなシーン・・・潔く戦場=死へと向かう若者達やそれを見送る恋人や家族、その涙・・・が繰り返される。
だいたいの作品においていえることは、お国のためといい特攻隊だろうとなんだろうと進んで志願する若者と、それを祝福する家族や知人があり、表で笑い、裏で泣き、心が引き裂かれる決別をくり返すドラマがある。
死に赴く者は 自分の死が崇高なるもの、国のため、家族のため、愛するもののためになると信じて・・・必死に信じようと自己暗示をかけ、本当にそうなのか?というその葛藤から逃げるようにして死んでいく。

この『出口のない海』も大まかなところはなんら、他の作品と変わらない。
変わらない・・・なのに、なぜこんなにも涙が出るのか。

主人公・並木は甲子園投手でありながらヒジを故障し、それでも不屈の精神で魔球を追い求め、投げ続ける。やがて戦況は悪化し、彼を含め野球仲間も自分のトリックスター=もう一人の自分のようなマラソン選手・北も、みな軍隊へと志願する・・・
恋人、野球、家族・・・知らず『回天』への搭乗を希望した彼だったが、何もかもに未練があり生きることに執着し続けた並木。
彼をはじめ、皆、時に自暴自棄になり、時に死を恐れおののき、恐怖が麻痺し、死を覚悟し・・・戦争という時代の中で戦争という名の世界に己を振り回されている。
敵の顔を見ることすらなく、何と戦っているのか解らず、命の重みも生きるということも何もかもが麻痺していく中で、それでも彼が生きることを選んだのは何故か?
一度は死を決意したのだ。彼も。そして死が恐くて『回天』ごと姿をくらましたわけでは、ない。
彼は逃げなかったのだ。最後の最後まで生きることに執着した。 
   「敵艦も見たことがないのに、ずっと戦争をしてきたって気分だろ?
   ・・・だから己の戦争なんだよ。自分の心の中の戦争なんだ」 
並木はずっと、戦い続けた。皆が死に麻痺していく中で、死して敵を倒し国を守ることを美徳とする世界で、故郷にも仲間のところにも帰れない「出口のない海」で、出口を求め続けた。
皆が目をそむけ、麻痺することでうわべの安息を得、信じ込むことで楽になる・・・逃げている中で、並木は、戦い続けた。彼の不屈の精神が死と真正面から向かい合わせ、行き続ける戦いを選ばせた。彼は、生き抜くという戦いを選んだ。

一度、回天という理不尽な殺人機があったという証明をするために回天搭乗を決意している。
しかし並木はとうとう魔球を完成させた。それが契機となったのかもしれない。
  「人が生きていくには夢が必要だ。俺は死ぬことを夢に生きることが出来なかった。」
並木は回天で死ぬことから逃げた。が、己の戦いに、生きるという戦いに勝った。
最後まで戦い抜いた。 

私は、何かと逃げることでしか生きられない自分を、改めて恥じた。
この作品は小説だがフィクションではない。
誰もが目に見えない己の戦争を抱えているのだから。

出口のない海
出口のない海 (講談社文庫)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
『出口のない海』 by 横山秀夫 ■空蝉草紙■/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる