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zoom RSS 『四度目の氷河期』 by 萩原浩

<<   作成日時 : 2007/04/08 21:09   >>

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私は特別なヒトなんだ。 そう思ったことはないだろうか。
たとえ世界が滅びても、地球が滅亡しても・・・氷河期が訪れても、私だけは死なない、生き残る。 私は選ばれたヒトなんだ・・・そんな幻想。
実のこというと、私は精神的&肉体的に詩の一歩手前まで自分で追い詰めてしまったことがある。いつ死んでもおかしくない状態、その時ですら私は死なないだろうという根拠の無い確信があった。今思えば頭が半分おかしくなっていたと言えなくもないが、正常な今でもやはりどこかで自分は平気、という変な自信がある。それはきっといわゆる「うちの子に限って」私は大丈夫、みたいな単純な楽観視の問題ではない。 どこか自分は普通とは違う、その他大勢とは違う特別な存在なのだ、という理由無き自信だ。
こういう自身を必要とする人間には理由が大きく分けておそらく2つある。
 ・一つ目は自分の(周りに順応できない)弱さに理由をつけて「逃げる」ため。
 ・二つ目は絶対的な(例えば神や救世主のような)強い存在に「憧れている」ため。
この『四度目の氷河期』の主人公ワタルは、まさしく一つ目の典型的な子供だ。

彼は実は何のことはない。少し変わった母子家庭で、他の子供と異質な容姿と少し飛びぬけた能力をもち、少し早すぎた第二次性徴期を迎え・・・あまりに大きな勘違いをしてしまった。
自分が「クロマニョン人の子供」だから他とは違うんだ、同じになれないのは「しょうがない」という言い訳を作って逃げ、自分と向き合うことが出来ないまま成長してしまった子供=ガキだ。
第二次性徴期というのは誰にでも訪れる。そのくせ多くの子供に自分の身体の異質な変化を見せ、驚きと歓びと、時には分けの解らぬ未知の物を見た恐れを抱かせる。
人は未知のモノに出会って恐れをなした時、既知のものに置き換えて安心を得ようとする。
(民俗学者に言わせればソレが妖怪だったりするのだが(笑))
彼の場合、自分の普通とは違う身体や衝動、行動が一体ナンなのか、何で自分がこうなのか説明できずに苦悶した。そして見つけた逃げ口が「クロマニョン人」。
彼は異質であることを特別であると置き換えて、逃げを認めず肯定し現実を否定して生きた。
そんな彼がだんだんと、現実の世界に向き合うようになっていく。
身体的な説明を理解させられ、好きな子や愛犬ができ、沢山の人に出会い。と同時に、母親の死別と本当の「父親」の存在を突きつけられる。そうやって21世紀のこの現実を少しずつ受け入れ愛するようになる・・・。
これは、一人の子供が世界を受け入れ自分を世界に解放し、この時、この地に、この世界に生きていることを感謝するにいたるまでの、長く大きく、そしてほんのちっぽけな物語である。

 「ぼくが生きていることを、ぼくがここに存在していることを、みんなが認めてくれている。
 祝福を送ってくれている、そのことへの返礼の言葉だ。」
 

彼が投槍の試合で声援に答えて放ったという雄叫びの文句はかかれていない。
けれど私は解る。彼が叫んだ言葉、それは「ありがとう」だ。

「ぼくはずっと自分を人と違うと思って生きてきた。普通とは違う自分に怯え、同時にうっとりしていた。自分を特別だと考えていた。・・・自分の存在が、人類の進化の過程に存在する失われた環なんかじゃなくて、誰かと確実につながっていることがわかった。」
私達が世界に求めるもの、それはつながりだ。存在しているという証だ。
「ありがとう」と返すことが出来る相手が存在するという、事実。
それが真実。
四度目の氷河期
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