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zoom RSS 『悪人』 by 吉田修一

<<   作成日時 : 2007/06/22 18:25   >>

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事件が一つ起こったということは、悲劇が一つあったということは、被害者がいて加害者がいて、勝つものがいて負けるものがいる、ということだ。
笑うものと泣くものと、楽しむものと寂しいものと。生きるものと死ぬものと。
世界は対立する表裏一体の存在があって初めてつりあいよく運営している、そう考えると、自分は一体どっち側なんだ?という疑問がわいてくる。
どっち側であるにせよ、被害者・加害者・傍観者・関係者・・・一つの事件が起きた時そこから波紋のように広がる人間関係は果てしない。そしてその波紋の先に存在する人々すべてに生きてきた年月があり記憶があり場所がある。
「一人の人間がこの世からおらんようになるってことは、ピラミッドの頂点の石がなうなるんじゃなくて、底辺の石が一個なくなることなんやなって」

この作品はそんな当たり前のことを隈なく丁寧に、とても丁寧に切り取っている。
私は時代劇のその他大勢である「斬られ役」達にも人生があるはずだと常々おもう。
彼らだって好きで悪代官の下に働いているわけじゃあるまい。やむに止まれぬ、家や経済事情に押され仕方なく仕えている「その他大勢」も居るはずなのに・・・ドラマは勝てば官軍。負け組みになった方に居たばっかりに、ものの1分で斬られて死ぬ。ドラマの「正義の味方」である勝ち組に大黒柱を殺された彼ら遺族は路頭に迷うに違いない・・・まさに負け組み。
ちょっと脱線してしまった;;
ともかく。「負け組み」「勝ち組」なんてコトバが流行っている昨今だが、自分は勝っているのか負けているのか、価値があるのか無いのか、ふと自分の立ち位置が不安になる作品だった。

乗るはずだったバスがバスジャックにあい乗客が死んだ時から、自分は当りをひける人間なのだと初めて感じた女、光代。
人に蔑まれ馬鹿にされても、たまるもんか、と何度も立ち上がる母。
娘を殺され、そう追い込んだ男に一矢報わずはやりきれないとスパナを振りかざし復讐する父親。
幼少期に自分を捨てた母親に泣きつかれ、泣いて謝罪されたその瞬間から金をせびり、「加害者」側に変身した男。
約束をそっちのけにし他の男に走り去る女に一言謝らせようとして犯行に及んでしまった男。

「悪人」の周りには「負け組み」であり負け組みであることから必死に駆け上がろうと脱しようともがいている人間ばかり。そして彼らの心にはいつでも
 「私はここにいるのだ」「馬鹿にするな!」という言葉が沸騰しているのだ。

又同時に、寂しい淋しいとあえぐ人間ばかりでもある。
だれか話しを聞いてくれ、誰か私を見てくれ、触れてくれ、と。
「寂しさというのは、自分の話を誰かに聞いてもらいたいと切望する気持ちなんかもしれない」
悪人=祐一は、殺人という罪を犯して初めて「誰かに聞いてもらいたい話」を持つことが出来た。皮肉にもそれは聞いてもらえたとたんに、また独りぼっちになるであろう話すなわち殺人の自供である。
そんな寂しい男が、寂しい女とメールで出会い繋がりお互いを満たし得た。彼女(光代)は祐一の手を引いて警察から逃げた。ただ一緒にいたい、一人きりにしないで、と。私を愛してくれる、私を見てくれる、抱きしめてくれる人がここにいるのだと、そして私はこの人とここに居るのだと、必死に存在を主張する寂しい2人の逃避行が語られる。

好きな男からの連絡も無く、出会い系と携帯メールにはまり挙句殺された女。
何のとりえも無く友達も無く飛び出して、ようやく就職先で友達に困らない、という安心を得ることが出来た女。
映画には共感しのめりこめながら現実の世界に触れきれない男。親友。

被害者側にも加害者側にも、勝ち組にも負け組みにも、家族がおり、友達がおり、愛するひとも愛してくれる人も、又その逆に憎む人も敵もきっと同じ数ずつ存在しているのだ。
そうやって釣合いが取れて無くては、きっといけない。

そんな中で「悪人」である彼はひたすら悪人であろうとした。
彼は被害者にはならなかった。ただただ、加害者という悪人であり続けることに徹したのだ。
こんな単純な言い方では申し訳ないと想いつつ言わせていただくと・・・
愛する人、いとおしい人、大事な人を加害者=悪人にしてしまうわけにはいかない。
そんな役は自分がすべて受け持ってこの均衡を守ってやるからと。
二人とも被害者になるわけには行かない、そんな理由で無理矢理加害者側に回った男がこの「悪人」の主人公である。彼は最後の最後まで加害者であり続ける。逃避行を斡旋した愛する女までも「被害者」にすることで守り抜いている。
彼は悪人なのか?それはもう、彼にも彼女にも誰にも、どうでもいいことである。
ただ彼は負け組みではない。確かに己を貫いた勝ち組である、そう信じたい。

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