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zoom RSS 『吉原手引草』 by 松井今朝子

<<   作成日時 : 2007/07/08 00:43   >>

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『花宵道中』ですっかり花魁を主題にとった作品に目がなくなってしまった。
先日読んだ『花宵道中』が花魁たちの悲劇、歓び、嬉し悲しを主観的に描いたものであるなら、今回読んだこの『吉原手引草』はまったくその逆、花魁をめぐる様々な取り巻き・・・吉原に生きる「その他大勢」の関係者が客観的に見て感じたことを語っていく形だ。

手引き、とある通りこれはストーリーがどうとか、花魁の心中がどうとか、恋だの恨みだのという主観的な感慨はあまり重要ではない。
いや、そういうものをダイレクトに描いていないからこそ我々はその背景や周囲の事物、人間模様といった材料を読み取りかき集め、想像する。
それはまるで事件を捜索する刑事のような作業だ。

吉原の道中を飾れるほどにまで信じられない出世をした花魁・葛城。どうやら彼女は何やらとんでもないことをしでかしたらしい。
廓に多大な迷惑をかけ、今では誰もが口をつぐむほどの事件となった。葛城を慕うもの、怒りをあらわにするもの、感心するもの・・・しかし話を聞けば聞くほどどうやら花魁・葛城は憎まれざる花魁であったようだ。いくつかの顔を持ち、身分の肯定に関わらず関係し、この吉原でまさに頂点に上り詰めた花魁。彼女はなぜ「事件」を起こし身を隠したのか?
彼女を知るものはなぜ知らぬ存ぜぬを決め込むのか?
戯曲の材料にと取材をする男(という設定も最終章でようやく判明するのだが)が吉原関係者達・・・内儀、見世番、番頭、床廻し、芸者、女衒、おかみ・・・葛城を知る彼らが語りだす吉原という世界の実情、彼らの生の有様、その世界。
今では想像でしか知ることが出来ない、「吉原」というかつての花町。
この作品で私達読者はその吉原をぐるりと一周、あらゆる住人のガイド付きで案内されていることになる。葛城、という一つのキーワードを通して。

すべて1人称で語られるその物語は私が想像していたよりもはるかに活気あり、いじらしく、強くたくましい世界だった。
いや、勿論死と隣り合わせの世界、がけっぷちの最後の稼ぎ所、一生出られずただ実を売るだけの牢獄・・・でもあるのだろう。しかし彼らは誰もかれもその口調に迷いが無い。
覚悟を決めた人間だからだろうか。後の無い、この吉原という世界で完結する世捨て人であるからだろうか。彼らの言葉には力と熱とプライドがある。吉原で働きそれぞれの職にゆずれぬ自信を持ち、力強い足場を築いている。 彼らは悲しいほどに強い。

ああいう生き方がいいとか悪いとか、今現代で言うソープ嬢が弁解されるものであるかどうか・・・なんてのはどうでもいい。
ただひたすらに、目的を持ち、人間として生きるため。人はどのような場所でもこれほどまで強くしぶとく生き抜けるのだと感じた。

肝心の葛城が、結局どうしてそんな「事件」を起こし失踪したのか?それは最後の最後たった1行でわかること。 徐々に明らかになる後半の葛城の幼少期、それが次第に最終幕へと繋がっていく。
お楽しみは最後の最後に隠されている。

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