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zoom RSS 『ミステリーズ!』 by 山口雅也

<<   作成日時 : 2007/08/17 02:28   >>

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いや〜、面白かった。のめりこむほどではなかったが、短編だから読みやすい。しかし短編のくせに妙に頭を悩ませるものもあり、軽いものもあり、ここまで本格的にミステリーが集合していると見事というか、読み応えあるというか、お得というか、しかし疲れた(笑)
言葉がまとまらない・・・なにせ短編集。面白いものもあればつまらないものもある。
ミステリーを読みなれている者であれば新鮮さは無いかもしれない。
「密室症候群」や「禍なるかな、今笑う死者よ」など最初からわりと展開がわかりやすいし、わけのわからない精神世界のような混乱のうちに終わる奇妙なものもあるし、アガサクリスティ張りの登場人物によるかく乱が起こるミステリもある。
要するに、依存のミステリを再構築したり使いまわしたり、という感は、正直ある。

しかし私は非難しているのでは決して無い。そうした寄せ集めでありながらも一貫して一つの図太いテーマが貫かれているからだ。少なくとも私はそう思う。
虚構と真実、真実と事実、世界と私、被害者と犯罪者、主人公とその他大勢、そして作者と読者・・・。
二元論で語りつくせる世界ではないが、そこに有るか無いか、これは正か偽か・・・などという単純な選択からこの世界は成り立っている。そして人間は往々にしてその選択を「これはこうなのだ」と思い込んで当たり前の如く選択する。その選択によって人は被害者や加害者、受態にも能動態にもなるのだから、選択を誤ったとき思わぬほうに事態が転がるのである。

最終章『不在のお茶会』は「私」とは何なのか?合わせ鏡のように続いていく「私」と私を見つめる「私以外の存在」との相互認識の無間地獄。誰もが一度は陥る?永遠の合わせ鏡の恐怖だ。存在するということは主語を伴わないで表される「こと」であり、その対極に守護となりうる既製の事実に存在する「もの」がある。非情に面白い見解だった。
しかし物語りはさらに進み、もう一つの大きな命題に突入する。
作者と著者と物語の住人との関係だ。

どの章にも一貫して感じるのは著者は常にわたしたち=読者に謎を問いかけ挑戦し、読んでもらうことで読者にこの本を存在せしめているのだということ。
なぜなら本は、小説は、わたしたちが読者となった瞬間に初めてこの世に存在するからである。

ソレが本当に有る・無いという認識論を始めると途方もないし、興味がある方は哲学書を読み漁るか仏教の空の思想でも習うがいいだろう。
しかしこれはミステリーズ、ミステリーを純粋に楽しめばよい。
著者はミステリ作家なのだし私たちは読者以外の何者でもないのだから。

ミステリーズ―完全版
ミステリーズ《完全版》 (講談社文庫)

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