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zoom RSS 『水の時間』 by 初野晴

<<   作成日時 : 2007/09/18 22:15   >>

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臓器移植の問題を取り上げた作品は多い。記憶に新しいもので『新ブラックジャックによろしく』
by斉藤秀峰、こちらでは医者の卵の主人公と、彼の医者仲間?であり肝臓を患っている女性の移植問題をあつかっている。(肝臓の移植を切望している章の主人公が、田舎の両親に頼れない事情など、面白いくらいに酷似しているのは偶然だろうか・・・まあ、言うまい)
臓器提供・移植問題。日本という平和で優秀(な医者と設備)で生活基準も安定しているこの国で、どうにも出来ない病気がいまだある。新薬の投入、臓器移植、新設備の一般化、石橋を叩いてわたる医療機関のTOPにはたんまり時間はあっても、切にそれを望んでいる病人やその家族には時間が無い。日本は政治だってナンだって、いつだって100%満場一致を目指す奇特なお国なのだ。

さて、この作品を動かすのは「生きている」のと「死んでいる」のとの境界線と、命の意味と
それを誰が決めることが出来るのか?というろころだ。
医学的に脳死とされて、植物人間状態のお嬢様・葉月。しかし月明かりという条件下でのみ機材を通して「しゃべる」ことが出来る。生も死も自分で選ぶことが出来ない彼女が、唯一その身体でできること、それは臓器提供という違法行為である。その運び屋にいわゆるバイク便として彼女が抜擢したのは暴走族の少年・高橋昴だった。
冒頭に記される「幸福の王子」はあまりに有名な童話。王子(葉月)とツバメ(昴)の物語が現代バージョンになったものというのは言わずしれたことだが、ココには童話には無い王子=葉月自身の生に対する執着と存在理由の追及とがその行動の原動になっている。
決して慈悲や哀れみではなく、ボランティア精神でもない。彼女を動かしたものはあくまで彼女自身であり、無駄に孤独を演じてきた過去への後悔である。

(人間として)死ぬことも(社会的に)生きることも出来ずに時計が止まった葉月にとってこの生が意味あるものとして存在するための唯一の方法が身体のパーツを欲する者に分け与えることである。なぜ運び屋に暴走族のチンピラを抜擢したのか?彼女は何者なのか?そのあたりはミステリーの要素をきちんと持っている。
「与える自由と与えない自由ーそれは私がまもる  だから貰う自由と貰わない自由ーそれは・・・お前の目で確かめて、私に聞かせて欲しい。」 と、葉月は昴に頼む。

「幸福の王子」で王子が始終ツバメに指示を出しているような形ではなく、葉月はあくまで提供するだけ、その身が臓器として使われるだけで完結している。あとはそれがどこの誰に届こうとそれは関係ない、ただ(人生において同じ境遇を背負ったという意味で)自分の分身である昴にその選択をゆだねた。生きていて欲しいと願われる立場にある人のもとに、彼は臓器を運び続ける。作品としてはその数々の臓器移植のうち4編だけをピックアップされ、その章の中では被移植者やその彼(女)を想うものを中心に物語が展開する。

テンポがあり読みやすいタッチで、みずみずしい感性がにじむ文章だ。これがデビュー作とは恐れ入る。ただ滑り出しも中身のそれぞれのオムニバス?も、非常によく出来ているのに、葉月の「水の時計」についてや、なぜ昴なのかなど、あまりに葉月の言葉が少なく過去の描写が足りず、プロットを説明されただけという感じがしてしまう。 その構成・プロットを物語にして大いに語るのが小説だろう?と思ってしまうのがちょっと残念だ。
この物語はどこへ行くのだろう?どう決着をつけるのだろう?謎は解明されるのか?と期待してしまう分残念だ。
しかしいい作品であることには間違いない。
生と死の境界を見つめるということは、どうやって日々をすごしどうしていることが生きることなのか、改めて考えさせられる。
どうにも生きている感じがない、などと弱言をはいている多くの弱者に読んで欲しい。
水の時計
水の時計 (角川文庫)

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