■空蝉草紙■

アクセスカウンタ

zoom RSS 「カットアウト」・・・『パズル崩壊』 よりby 法月綸太郎

<<   作成日時 : 2007/11/07 20:57   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

画像
まだアクションペイントなどのモダンアートの評価が希薄であったかつての日本画壇に、若き日の篠田と桐生はいた。巨匠ポロックにかぶき、共にしのぎを削りあい、賞賛もするライバルであり親友でもあった彼らに一人の愛する女性・聡子を加えた「NY帰りの三銃士」・・・そうした彼ら新進気鋭の若者たちの関係が破滅する時とはどんな時だろう? そう、たいていは三角関係のもつれか才能の有無もしくはその差による裏切りや乖離である。
けれど、この物語はそんな安っぽい三文オペラではない。確かに最初の綻びは篠田のフライングであり、桐生と(被爆の影を抱えた)聡子は結婚した。しかし篠田がぜっこうしたのはあくまで桐生の不可解な行動・・・死んだ妻の身体にペイントを施したという奇行を理解できなかったためである。
私が法月氏の作品を読むのはこれで2作目であるから往年のFANの方には片腹痛い書評しか出来ないかもしれない。が、最初に出会った作『生首に聞いてみろ』に続いてこの作品。どうにも法月氏は『絵仏師良秀』『地獄変』のようなベースがあるように思う。ただしあくまでベース。そこから直接発生するのは芸術に昏倒し殉教してしまう『青銅の基督』のような心情ではなく、
ベースは彼ら芸術者すなわち魂の表現者たちの出会いとつながりの場でしかない。その場から生まれた彼らの関係は豊かな人間性を帯びて膨らみ、時に愛し合い時に傷つき物語が出来上がる。妻の死体にペインティングを施す・・・前者(地獄変)風に展開するならば芸術至上主義者の満足で説明が付く行動となるが、本書は決してそうではない。聡子に「そう」したのはあくまで夫:桐生であり、その所作は二人をつなげるものであったペインティング=芸術という愛を表現する手段でしかない。

彼がなぜそうしたのか、それはネタバレになるので読んでいただくとして。 
私はカットアウト(切り抜き)することで、<残されたもの>に<アウトされたもの>・・・この世界から抜け落ちた<ただの一部分>をこれほど強く「残す」ことができることを知らなかった。
不在という存在。 私も誰も死ぬ時はこの世界から「カットアウト」されるのだ。


パズル崩壊
パズル崩壊 (講談社ノベルス)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
「カットアウト」・・・『パズル崩壊』 よりby 法月綸太郎 ■空蝉草紙■/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる