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zoom RSS 『私の男』 by 桜庭一樹

<<   作成日時 : 2007/11/15 21:13   >>

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世の中にはどうにもならないことが、ある。才能とか、体格とか、男だとか女だとかそんなことではない、決して変えることができないこと。<過去>である。
そしてこの世に生を受けて最初に<過去>となるのは「誰某のモトに生まれついた」という事実。
そうして生まれついた親はたいてい無償の愛を子に注ぎ、子は無条件に共存し続ける存在=親を得る。しかし本書のように幼くして突然事故で家族を無くす娘や、海に呑まれて父を失いその身代わりのように異常なほど厳格な教育を母に受け「母親」を失ってしまう青年がまれにいる。そして「母親」や「父親」を・・・血の繋がりのある肉親を欠損して成長した子供はいつまでも子供のまま。『永遠の仔』のように家庭や大人を拒否し続けるか、本書のように自分の分身である家族だけを執拗に求め続けるかのどちらかになる。

一時期一世を風靡した『アダルトチルドレン』というコトバ。いくつか定義や原因といわれるものがあるのだろうが、典型的なものの一つに共依存がある。
 親の子供の精神的な支配が続くと、子の主体性が低下し、誰かに支配してもらわないと機能できなくなってしまう、というもの。おそらく同じことが言える。

彼女は幼くして親も家族も海という怪物に飲み込まれ、失い、血を求め、血にすがった。
彼もまた父を海に呑まれ、「母」を失い、血を求め、子供という血の詰まった人形を作り愛した。
家族しか愛せないということは、自分しか愛せないということと同じだと、よく耳にする。
そうだろうか?確かにそれもある。だがソレがすべてか?

彼らはただひたすら持つことが出来なかった家族を構築しようとしただけだ。

「もしも俺の子がいたら、そのからだの中に、親父もお袋も、俺が失くした大事なものが、ぜんぶある。」

彼は家族を失ったことをうらんでいるのでも、悲しんでいるのでもなく、ただひたすら大事に、この世で一番愛したいもの、家族を求め続けている。
当たり前に与えられているはずのものが与えられなかったが故・・・。
だから、彼は「俺の子」である彼女を「お母さん」と呼ぶ。「家族」がどういったものなのか?ソレが解らない彼らにとって、家族でい続けるためには奪い続ける、与え続けるという条件が必要だったのだろう。本来、条件無しの無償の愛で構築されるはずの家族という存在。
この世に生まれて初めて与えられ、自分という人間を構築し一人立ちするまでの<過去>を
与えてくれるはずのもの、家族。
彼女は血を与え続けることで、彼は奪い続けることでようやくそれを得ることが出来る。

私の中にも沢山の血が、流れている。
父母の、祖父母の、ご先祖様の・・・沢山の血が流れている。

この作品を読んでおぞましいと感じる人も、悲しいと感じる人もいるだろう。
しかし私は静かな安堵と小さな恐怖をえた。
すべてが詰まっているこの血の中に孤独は消え、
決して逃れられない血の束縛がそこにはあるからだ。

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「私の男」娘と父親の愛の物語
「私の男」★★★★心から怖いと感じた 桜庭 一樹著、381ページ、1500円 ...続きを見る
soramove
2007/12/13 08:16

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