■空蝉草紙■

アクセスカウンタ

zoom RSS 『賢治文学「呪い」の構造』 by 山下聖美

<<   作成日時 : 2007/11/19 00:38   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

画像
近頃私の中では宮沢賢治が熱い。今さら?とお思いだろうが世間でもてはやされている物には抵抗を覚える天邪鬼なこの性格が、幸か不幸か宮沢賢治を遠ざけていた。最近読んだ『隕石誘拐』by鯨統一郎と『銀河鉄道の夜』のアニメ映画を詳細に分析したBSアニメ夜話が私の宮賢ブーム到来の火付け役となった。
あまり作品と著者が結びつかない物覚えの悪い私にとって、宮賢作品は殆ど読んでいないはずだった。なにせ風邪の又三郎も未読。『セロ弾きのゴーシュ』『注文の多い料理店』『ヨダカの星』『永訣の朝』くらいだと思っていた・・・が、実は小学生の頃から刷り込まれていたのだと知ったのは最近だ。
「クラムボンは笑ったよ」で始まる『やまなし』や『オツベルと象』、この2作は小学生の教科書で読んだ作品だが、いずれも理解不能で一気に加速し唐突に終わるその後味の悪さ、消化不良を起こしたような読後感に苛立ちを覚えたものだ。それでも『やまなし』に関して言えばその目に浮かぶような美しい情景描写が私の幼い心を捉え、そのとき思い描いた川面が今でも私の川や水の原風景になっていることは否めない。私は小学生低学年にして既に宮賢世界を刷り込まれていたのかもしれない・・・。
さて、後味の悪い消化不良の作品、まさに謎多き作品として本書でも取り上げられている宮賢作品だが、著者はひたすら宮賢を「天才」と言い、底の無いブラックホールのような謎そのものとして位置づけている。宮沢賢治に没頭し傾倒した数多き熱狂的ファンを『賢治教』信者と言い、宮賢にまつわる数々の伝説・・・終生童貞伝説、同性愛伝説、原稿1000枚伝説などを紹介し、いかに宮沢賢治が卓越した非凡な人間であったかを紹介し、最後に彼の作品と彼そのものの理解不能さを「天才」に結びつけてしめくくっている。
正直、この著者こそが賢治教にとらわれているような気がするし、表紙の煽り文句に期待したほどの文量も内容も薄いものであったのは残念だ。行間と言い文字の大きさと言い、これで1800円か?と言いたくなるほどの量しかないし裏賢治の入門書といった程度にしか思えない。

しかしこの「天才」の位置づけについてはなかなか面白い説明もされている。

つまり天才=スーパーマン(超人)ではなく、超人になりきれずにまさに「オロオロ」するどっちつかずの人、それが天才・宮沢賢治であったということだろう。
考えてみれば当たり前。いくら教祖じみていても他宗教(宮賢は日蓮宗)に傾倒している教祖様なんて聞いたことが無い。ちょうどシャーマン・巫女・イタコが神や霊から啓示・インスピレーションを授かり人間との間で「仲介」する者であるように、宮賢も不可解かつひきつけて止まないあの文章を繰り出す時、トランス状態となって神から「天からの才能」を授かっていたのではないだろうか?著者は天才はあちら側の人・・・「行っちゃってる人」ではない、と断言している。むしろそれは神であり、狂人であり、彼らについては我々は理解不能なのではなく理解するものがそもそもない、ということであろう。「理解不能」だから苦しみ、私達はそのもどかしさにどうしようもない魅力と羨望と嫉妬すら覚える。
雨にも負けず、風にも負けず、  戦争にも負けず、戦後にも負けず、 携帯小説にも巻けず、漫画・アニメにも負けず、宮沢賢治は生き残っている。
今一度、宮沢賢治という「天才」を読み直してみたい。
「天才」なき今の世の中、本の中、物足りなさを感じている人にはうってつけの賢治ワールドが色あせることなく息づいているはずである。

賢治文学「呪い」の構造
賢治文学「呪い」の構造

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
『賢治文学「呪い」の構造』 by 山下聖美 ■空蝉草紙■/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる