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zoom RSS 『世界の涯まで犬たちと』 byアーサー・ブラッドフォード 小川 隆 (翻訳)

<<   作成日時 : 2007/11/24 00:17   >>

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正直言うと、書評なんてものをこの本に対してどう書いたものか、と悩んでしまった。
構成やストーリーや雰囲気は日本の作家・長野まゆみと似ていて幻想的というか、少し非現実的というか、寝耳に水的な短編小説群なのだが、長野の描写されたような美しく細やかな演出は無く、唐突に始まり唐突に終わるので余韻を味わうヒマすらない。
それでもこの短い作品たちが好ましいと感じられるのは、彼らが必死に日常を守ろうとし、その中で懸命に生きていることが何とはなしに伝わってくるからであろう。
それがどうした?といいたくなるほど超ショートもある。オチがあるんだかないんだかわからない作品や、犬とSEXをして子や孫までできてしまう話、挙句は犬と人間がチェンジするという巫山戯た展開まである。まったくリアルでしかない章から始まり次第に非現実性がまして行くが、共通して言えることはアメリカは片田舎の平凡(かそれ以下の)若者達の日常が切り取られた、本のわずかな世界を淡々と描いているということ、そして描かれた彼らは皆ただひたすら日常をこなし、守り、けなげに生きているということである。
本書の作品たちには非現実的なものもあるし青春のヒトコマであることは間違いないが、変にファンタジックなストーリーやアメリカンドリームを期待してはいけない。彼ら登場人物と犬達とすこし奇妙な生物達はただひたすら日常を生き事なきを得ようとしているのだから、せっかくつかんだ平生を奪ってしまっては申し訳ないでだろう?

読者としては何か事件を期待し飛躍した展開をドキドキして読み、毒量感溢れた結末を望みたいところだろう・・・が、現実はどうか?私を含めて多少の変化を求めてはいても平和な日常が続くことを求めているはずだ。スリルを求めるのは「日常」へ戻れる保障があるからだし、個性や特異性に憧れるのは自分が平凡である、少なくとも普通の人間であるという保障があるからだ。登場する彼らは皆いわゆるニート・下流社会に程近い若者達だ。彼らほど心地よい平凡・日常・変わらぬことを大切に思っている人種はいないかもしれない。
くわえてアメリカ人はかなりの犬好き人種。犬は家族であり友達であり(・・・時には恋人であり)つまりは自分に忠実な日常なのだ。
世界の涯まで犬たちと。生涯終始平凡と・・・
日本人は保守的、アメリカ人は能動的などというステレオタイプ。若者諸君、そろそろ捨ててもいいんじゃなかろうか。

世界の涯まで犬たちと
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