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zoom RSS 『死刑-人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う』 by 森達也 (1)

<<   作成日時 : 2008/04/21 12:19   >>

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日本人というのは・・・というまとめ方をするのを、私は好きではない。だが人間は集団生活を営むり社会的生物である以上、日本という国・社会の中で日本という特徴に多大な影響を受け「日本人」が形成されているのは否めない。だからいわゆる日本人の大多数に当てはまる平均的な人間、という意味で便宜的に「日本人というのは」で始まることを許されたい。

日本人の多くは「臭いモノに蓋」的傾向があると思う。奇妙な怪奇現象があれば八百万という言葉が示すように千差万別の命名をし、とりあえず既知のものとして安心する。森羅万象に神宿ると信じてきた古来日本人の根底にあるものがそうさせるのだろうか?現象をファンタジックに具現化するシステム=妖怪の生産(命名)がやたら多いことが、日本人のその場しのぎ的な危険回避傾向をうかがわせている。 少し脱線したが、何がいいたいかというと。
日本人は、関わりたくないもの、嫌なもの、危険を伴うものを忌避する傾向があるということだ。
退治するのではなく解決するのでもなく、認めるでもなく賛同するでもない。
森達也の言を借りれば
「視界の端に認めながら目を逸らし続けている」のである。
よく言えばうまく共存しているとも言える。まぁ、妖怪なんかはその例だろう。
しかし悪く言えばこれは単なる「逃げ」だ。 物事を後回しにし、自分の身に降りかからないことであればなおのこと知らぬ存ぜぬ、その場しのぎに事態の修復に努めるか、周りの熱気に乗ってヒートアップするか・・・いってみれば世間の風評つまりメディアの言いなりなのである。
どこかの政治家と同じ。反論はしても解決への意見は言わない。
踏み越えるべきでない一線を引き、安全圏を確保する保守的傾向がどうしてもある。

だからタブー視される言葉、表現、出来事が当然増え、当たり障りのない出来事、表現が自然と蔓延する。今日悪質な犯罪や凶悪な事件が増え「日本もアメリカ並の危険な国になった」などという人は多いが、実際のところ銃が蔓延していないだけでもそれはないと思う。
銃規制問題だけではない、あらゆることに関して(確かに欧米化に伴い危険が増した国になったとはいえ)日本はまだまだ平和な国、平和ボケが抜けきらぬ国であることは間違いない。
戦争が起ころうとテロが起ころうと、海の向こうのどこか遠くの国で起こっている怖い出来事、程度の認識がどうしても抜けきらない。(無論親身に感じてボランティア活動をする危機意識にとんだ方々もいる。そうした少数派をここでは扱わないのでご了承願いたい)

平和な現状維持することをかたくなに守る国民的傾向が革命も改革も先送りにしているこの国で、
本書の著者、森達也は鋭くタブーに切り込む。
前作『王様は裸だと言った子供はその後どうなったか』で既存の常識で固められた童話をひっくり返した森氏が、今回は『死刑』という重く深いテーマを投げかける。

死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う
死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
おれもそうだと思う。
田中洌
2008/04/21 18:36

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『死刑-人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う』 by 森達也 (1) ■空蝉草紙■/BIGLOBEウェブリブログ
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