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zoom RSS 『寄留者』 by 岸田剛

<<   作成日時 : 2008/07/28 09:38   >>

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「人間にとって最大の贅沢とは、人間関係における贅沢である」
星の王子様でおなじみサン=テグジュペリの名文だからご存知の方も多いだろう。(『人間の土地』より)
人間にとって最も大きな出会いの一つは紛れもなく生涯の伴侶となる異性、つまり妻・夫とよぶ人物である。
その伴侶とともに人生の半分以上をすごし、おそらく多くの人間はどちらかがどちらかを看取り、どちらかは子供達に看取られその幕を閉じる・・・つまりは家族の中に生まれ、家族の中に死にゆくのがごく普通である。いや、あったはずだ。
というのは本書の主人公と、「家族」が希薄になった今日を思い返すにつけ、家族に囲まれ看取られ逝くというたったそれだけのことが「理想」となっていることが思われて仕方ない。

子供も独立して家庭を持ち、病気の妻のため会社を引退し二人静かに余生を送っていた彼に、突然妻の思いがけない死が訪れる。長年連れ添い知り尽くしていると思っていた妻の死、しかし彼が知ったのは自分の知らない妻の顔であり行いであり・・・更に己には何も残っていない、することすらも何も無いという事実だった。次第に募る孤独に苛まれ、逃げるように親戚を、恩師を、後輩を訪ね回る・・・そして偶然にも一度は結婚を考えていた程のかつての恋人との再会でやはりまた自分の知らない事実を知る。もう、決して取り戻すことの出来ない過去の話を。
彼が失ったものは何だったのか?
妻が死に、旧友が死に、仕事を離れ、遺産を、金を、物を与えることでしか繋ぎ止める事の出来ない家族が残り・・・。そして持っていたはずの確かな過去すら、真実と共に崩れていく。残されたのは戻ることが出来ないという現実と、遅すぎるという後悔であり、そんな世界で、彼はただ死んではいない日々を過ごす。

「私は何処から何のためにきたのか、そして何処へ何のために帰って行くのか、どうやったら行けるのか、誰が教えてくれるのか。」

彼が失ったのは、帰る場所であり家である。そしてそこには自分を迎えてくれる誰かが居り、生きていくための目標とそれを実行するためのスタート地点でなくてはならない。
しかしそれは独りになってしまったという、たったそれだけのことでいとも簡単に失われてしまうのだ。

これは誰にも訪れ得る一つの生である。

私は、貴方は、まだ間に合うだろか?遅すぎるだろうか?
もしかしたら知らない事実を、愛する人間を、己の帰る場所と誰かを迎える場所にたどり着くまで。

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