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zoom RSS 『静かな爆弾』 by 吉田修一

<<   作成日時 : 2008/11/17 09:09   >>

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今、手を伸ばせばたいていのものも情報も手に入る便利かつ平和ボケした日本という島国で、私たちは色々なものをそぎ落として日常に埋もれている。それは感動だったり、アクションだったり、ドキドキだったり、悲しみ、辛さだったり・・・様々だ。
自分のことですら忘れがちなのだ、海を隔てた世界の出来事、いや県外、もしかしたらお隣の身近な他人の事情すら我関せずを決め込んで、当たり障りのない平凡な日常をそつなくこなすことに私たちは充足してしまっている。
所詮、他人事(ヒトゴト)なのだと知っている、思い込んでいる、それで、安心できる国と社会と人間(ジンカン)に住んでいる。

だから、本書にもある(実際の記憶にも新しい)国や宗教の違いによる大仏爆破というニュースにもきっと動じないだろうし、なぜ大仏は破壊されなければならなかったのか、その真実に迫るドキュメンタリーの取材に奔走している男の姿も他人事にしか見えないだろう。確かに現場に立ち入るほどの介入は一般人である私たちには不可能だし無関係かもしれない。
しかし大きな爆弾ではなく、小さな爆弾、当たり前に思いこんでいた日常がふとしたきっかけ=爆弾で跡形もなく吹き飛んでしまうことがあるのだと私は知った。いや、彼が番組を通して伝えたかったように、私もこの作品を通して知って欲しい。
単に世界のテロや戦争、飢餓に目を向けろというのではない。大きな世界にも小さな日常にも己の中にも、大きな爆弾、小さな爆弾、あちらこちらに潜んでいるということを、だ。

例えば貴方の携帯のアドレス帳に住む人のうち、携帯無しでどれだけ連絡を取れる人がいるだろう?彼は半同棲する耳の聞こえない「彼女」を愛したが、メール一つ通じないだけで全ての連絡手段を失ってしまう。
知っているつもりになり何がおきても「まあ、平気だろう」という根拠のない安心と自信に埋もれて、気がつけば私たちは本当に信じられる情報を何一つ持っていないことに打ちひしがれるのだ。

本文に何度となく登場する「神様」という単語、それは本当に信じることの出来る自分の中の確かな存在なのだろう。
星の数ほどいる群衆の中で、彼はたった一人の彼女という神様を見つけられるだろうか?
あふれるメディアと情報の中で本当に信じられる人、本当に見ることのできる世界を見出せるだろうか?

私たちは求めるものはたやすく手に入る安易で安らかなこの国、現代社会に生きている。
けれど安易に手に入れることの出来る世界は、あまりにあっけなく失われる世界でもあるのだと、そろそろ気がついてもいいのではないか。何も沢山の真実を手に入れなくたっていい。
唯一つ、心底信じることの出来るたった一つの神様さへ見つけることが出来たなら、それだけでいい。



静かな爆弾
中央公論新社
吉田 修一

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