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zoom RSS 『帰らざる夏』 by 加賀乙彦

<<   作成日時 : 2009/02/16 09:29   >>

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戦争で死んでいった人々の悲劇や壮絶な生、無残な死や貧困と苦痛を描いた作品は多い。
あの大戦前後を描いたものを戦争モノと呼ぶならば、私の戦争モノデビューは『はだしのゲン』であり、最近だと『出口のない海』映画でいえば『私は貝になりたい』といったところ。当然のことだけれど戦争はしてはならない、あってはならないことだ。
なぜなら人が死ぬから、人が悲しむから。単純明快なことだけれど果たしてそうだろうか?少なくとも当時を生きた彼らにとって死は崇高な着地点であり、国へ天皇へ命を捧げ奉るという最上級の貢献の証、名誉な死と認識されていたことが、平和ボケした現代人の目に本書で痛々しいほど突きつけられる。
戦争はあってはならない。それは確かに当たり前だけれどなぜあってはならないのか?
人が死ぬから。それだけか?いや、人の死がその生と等価値でなくなるということ、死を己の死として認識できなることではないかと、ふと思い至った。

戦争モノの多くは当然ながら反戦モノであり、主観は反戦を唱える平和な現代人、主人公もあの時代にあって何故か多くが極少数派の反戦論者である。その時代を如実に描こうとするのになぜ少数派、いわゆる非国民とされた異端児たちの目を借りて描くのか? それは主人公を現代人と同じ主観を持つ反戦論者にすることで読者が感情移入しやすく共感しやすいからということがあるだろう。また、その方が悲劇の主人公に仕立てやすい、つまり穿った言い方をすればその方が物語が盛り上がりやすいから、かもしれない。
けれど本当の悲劇は反戦論者であれ、逆に己の信じたままに殉国した者であれ、己の信条にしたがって光のうちに死ぬことが出来た者以上に、敗戦を告げた『玉音放送』によって打ち砕かれた価値観と生き様そのものをかかえ、やり場のない悲しみと怒りに押しつぶされるように己を閉じた戦争直後にあったのではないだろうか。
無論、殉国した彼らが幸せだったという意味ではない。反戦論者が正しく潔白な死でよかったというわけではない。
けれどすべてを打ち砕かれたままに、生きたいとすら思えぬ暗い未来に絶望して向かえた死はいかほどの悲痛であったのか、私には想像しえないのだ。
作中何度となく章治をはじめ若き軍国主義者たちはあの時代の思想を代表するかのように「若くして死ぬこと」「国のために死ぬこと」「立派に死ぬこと」を声高にし、己が勝利かなわぬ時は死を持って償うのが定石となってるが、それらはすべて「最後には日本が必ず勝利する」という条件が必須であり根拠のない、しかし誰もが信じて疑わなかった、そして今となっては訪れなかった未来(日本の勝戦)が大前提にされているのである。
・・・すべて「日本が勝利する」というありえぬ未来を前提に打ち立てた信条、それのみで生きた彼らの物語だ。

これだけの長編でありながら本書は大きく2つに分かれる。前半は主人公・省治の陸軍幼年学校への入学と弱体な体であるがゆえの過酷な鍛錬生活、天皇という唯一最上の現人神への極度な崇拝と軍国主義が培われていく様が描かれる。純粋な皇国への献身に共感するかのように、先輩である源へ憧れ恋愛感情を抱き源の腕の中口の中で切実な生を希求するその姿は純粋がゆえに美しく、やましさも悲しみもない。一点の曇りもなく彼らはそこに生き、存在していた。

後半はそんな彼らが『玉音放送』で敗戦が告げられ己の信じてきたモノ、己の生、過去が天皇に裏切られるという悲劇に始まる。玉音放送の直後、その御言葉が嘘か真かを判別する手立てもないまま彼らは混乱し、戦争継続を信じ士官学校に残るもの、決起するもの、屈服し去っていくもの・・・死を選ぶものが混在するパニック状態が延々と描かれるのだが、生まれてこの方信じてきた皇国、日本が必ず勝利するという極めて精神的なロジック・根拠に基づいて生きてきたその生がほんの一瞬の、立った一言の「放送」によって打ち砕かれ無に帰されたのである。日本史上、一夜にしてすべての価値観が覆った日は他にないのではないか。 「敗戦」 それは彼ら当時を生きた若者たちにとってあってはならないもの、いや、選択肢として存在すらしない、ありえない未来でありそこには己は存在し得ないはずであった。それが一言で、唯一の選択肢として残されたのである。 月並みの言い方ではあるがまさに想像に絶する。

それでも次々と周囲は玉砕し生き残る道に下っていく。決起は失敗に終わり、抗戦の路は絶たれた。
章治は自決を決意した源に従いともに死を選び、まるで心中のような美しいまどろみのうちに物語りは幕を閉じる。
彼が心中した相手はなんであろうか。 信じた国か、愛した源か。しかしその中には己の生というものはなく、あとには二つの抜け殻が残るのみである。



帰らざる夏 (講談社文芸文庫)
講談社
加賀 乙彦

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