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zoom RSS 『生き屏風』 by 田辺青蛙

<<   作成日時 : 2009/08/04 12:39   >>

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日本ホラー小説大賞受賞作というからどんな恐ろしい作品かと思えば、ホラーのホの字も無いなんとものどかな作風である。
作風、だけではない。文章だけでもない。
時代は江戸かそこらだろうか?流れる時間の緩やかさ、妖たちの悠々自適な生き方、人間たちののんびりした立ち振る舞いと彼らの間に交わされる愛嬌ある会話。そして時折私たちをひきつけて止まない素朴で魅力的な料理の数々・・・
『しゃばけ』シリーズのように笑いや事件があるわけでも、魅力溢れるキャラが登場するのでもない。夢のような桃源郷や地獄のような修羅場があるでもなし、また事件というほどのものもおきはしない。
では何が書かれているかといえば、成り行き任せの出会いと展開と、人間とのんびり交わされる会話、そしてそうした中でのほほんと生きてきた一匹の妖鬼・皐月のいくつかの日常が描かれているに過ぎない。

しかしなんだろう、この暖かな心持とファンタジーを読んだ直後のような不思議さは。
そもそもしょっぱなからして主人公の妖鬼・皐月は馬の首を寝床にしている。しかも起きるたびに「寝床」と名づけたその馬の首を落とし、這い出てから再びくっつけるというなんとも恐ろしい血みどろの冒頭にこの妖はどれほどの恐ろしい鬼なのかと思うわけだが、その心配は次のページを読む頃には払拭される。寝床を確保するために人間の押し付けがましい依頼(死んだ奥方が屏風に乗り移りその傍若無人な命令で家中を困らせているので話し相手になってほしいという)を嫌々引き受けてしまうほど、彼女はどうにも頼りない。鬼とは名ばかり、額についている角は小さく髪に隠れてしまうほどだし、人を喰うわけでも人を脅かす妖力をもつでもない。根無し草であっちをフラリこっちをフラリと旅をして、ひょいと届いた手紙に誘われるままこの地の県境にたどり着き、そのまま守り神の役目を引き継いだ・・・なんらいわれがあるわけでもこの土地に思い入れがあるでもない。すべて成り行き任せの気ままなお話なのである。

そう、3章を通じていえること。それは人間であれ妖であれ、誰もが成り行き任せ、行き当たりばったり、のんびりのほほんとした贅沢な時間をもっているということだ。そしてそんなかにも少しだけ切なかったりちょっとだけ悲しかったりやるせないエピソードもちらりと見える・・・。なんといとおしく優しい物語だろう。

まず表題作第一章「生き屏風」に登場する恐妻ともいえる奥方の幽霊は生前とかわらぬズボラな態度で堂々と居ついている。もと夫に邪険にされ、たたられても困るから同じ妖同士、皐月があてがわれたというだけの話なのだが、交わされていくうちに少しずつあらわになる皐月と奥方の身の上話。饒舌にさせる酒につまみ。
そうしたものが少し現実離れしていて、それでいてするりとしみこんでくる・・・なんとも面白おかしい語りなのだ。

第二章に登場する男は何にも執着が無く欲も無い、ただ女好きはたいそうなもので皐月の前任者(猫の姿をした得体の知れない妖である)に、ひと時雪にして欲しいと頼み込む。ゆらゆらフラフラと風任せに舞い降りる雪となった男はあちらの女かつての女の肌の上に降ってはしみこんでいく快感にまどろんでなんとも幸せそうである。

人も妖も、何があるわけでもないのっぺりした日常をのんびり緩やかに過ごしている。
時折饗される食事や酒はなんともよだれの出そうなほど美味しそうに描かれる。

銀杏は大好物なので一番最後に、薄い皮を口の中で剥いでから、飴玉のようにして転がしながら噛んで食べる。白い飯には汁を注ぎ、ほぐした干し鰯を載せてからクチにいれる。酒をちろちろと舐めながら、長い朝食を終えて次郎はごろりと横になった。

なんとも羨ましい限りではないか。思わずそうそう、それが美味しいんだよね!と膝を叩きたくなる嬉しさである。
彼らは私たちよりずっと寿命も短く不便な生活、つつましい生活をしていたに違いないが、私たちよりずっと優雅で悠久の空間と時間をもっているようにすら思えるのだ。

この世界では妖も幽霊も否定されない、そんな時代が確かにあったのかもしれない。
口の中に転がる銀杏一つに幸せをかみ締めてしまうくらい日々のささやかなことがささやかなままに幸せとして大事に転がされる時代。なんとなくうらやましくなるものだ。

内容(「BOOK」データベースより)
村はずれで暮らす妖鬼の皐月に、奇妙な依頼が持ち込まれた。病で死んだ酒屋の奥方の霊が屏風に宿り、夏になると屏風が喋るのだという。屏風の奥方はわがままで、家中が手を焼いている。そこで皐月に屏風の話相手をしてほしいというのだ。嫌々ながら出かけた皐月だが、次第に屏風の奥方と打ち解けるようになっていき―。しみじみと心に染みる、不思議な魅力の幻妖小説。第15回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作。


生き屏風 (角川ホラー文庫)
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田辺 青蛙

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