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zoom RSS 『夏至南風』 by 長野まゆみ

<<   作成日時 : 2009/11/11 12:01   >>

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物語全体に気だるい、蒸し返すような熱気と湿気を充満させた空気が覆っている。
夏至南風がその重苦しい空気をかき交ぜ果実は腐り、腐臭を放ちつつ少年たちを魅了する。
無花果を連想させる「黴びて腐った果実のような」形状の鞄を持ち歩く男は貨物列車に飛び乗り、少年たちを置いて去って行った。
会話という意思の疎通を閉ざしてしまった兄鈷藍と、彼についてまわる弟、彼らの叔母。彼らとは一線を画した美しさと雰囲気を漂わす少年、碧夏と鈷藍たちはこの夏ふとしたことから接触し、次第に互いを意識する。

愛してくれることを期待するのは意味のないことと言い放つ鈷藍が、否定しつつもまだ愛されることを諦めきってはいないであろう美しい少年碧夏に要求しているのは完全に醜く腐りきること、だ。
周囲の少年たちが行方不明になっては死体となって発見されるその夏、碧夏もまたどこかに連れ去られ、再び鈷藍が目にした時彼はまさしく理想の姿…「これほどまでに醜く腐ったものをかつて見たことがない」ほどに醜い身体となって寝台の上に横たえられていた。


部分部分をかいつまみ、印象的に書き連ねるとこんな風にしか書き出せない。
長野作品はいつだってそうだ。とりとめもなく書き連ねたような美しい情景もしくは醜悪な風景ににつかわぬ程の洗練された描写、沈殿したそれらの上澄みが漂うように描かれる少年たち、境界線の非常にあやふやな生と死…。
そうしたものがいくつも何層にもところどころに現れては消えていくので、どうにもつかみどころのないまま捉える間もないままに物語が閉じてしまう。
美しすぎるその閉じた世界はあまりに現実離れしており私はいつだっておいてけぼりで、そのくせ彼ら少年たちのあやうい姿は魅了してやまず、私は一方的にその世界にズブズブと沈んでいくだけだ。

前半の描写に彼らの暮らす夏至南風(カーチイベイ)の吹きさらす土地描写が印象的で、そして物語の根底を如実に表している。

「屋根の数も数えられなければ、個々の境界すらはっきりしない。それらは日々外観をかえてしまうほどの流動性を持ち、野放図で自己的だ。密集し繁茂する密林の植物群のように、触手を伸ばすことにかけては貪欲で疲れを知らない。混沌とした無秩序のなかに、尽きることのない彼らの繁殖力が宿っている。…醜悪さは黴のように増殖し、いたるところを腐らせた。路の傍らには節操のない欲求が醜くさらけだされている。」(p70より抜粋)

著者があとがきに記しているように、男の喉仏(アダムの林檎)として生命を奪う、もしくは死の象徴であるイチジクの果実が腐り続けるということは「死」が衰え遠のくということであり、少年たちの不安と興味をあおる。
彼らは「嫌悪すべき自己」から逃れるための手段としておそらく死を意識しているからだ。
しかしあらゆるものが腐り続ける夏至南風のなか、否応なく生きることに縛りつけられ「再生の拒否は世の中にすんなりとは受け入れられ」ぬことにおそらく絶望してもいるのだろう。

だから、最後に腐り果てた醜悪な体でなおも息づく碧夏を手に入れた鈷藍にとって、それはまさしく求め続けた最高の形だったのだろう。





夏至南風(カーチィベイ) (河出文庫―文芸コレクション)
河出書房新社
長野 まゆみ

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