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zoom RSS 『冥談』 by 京極夏彦

<<   作成日時 : 2010/09/09 13:13   >>

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記憶というのは美化されるものだという。
そして人間の脳はつらいこと苦しいこと、厭なことを消し、精神を正常に保つよう働く。
つまり健やかに快適に生き続けられるよう、そういったマイナスの記憶を排除するという保身術に長けている素晴らしい機能を持っており、京極氏の描く物語の「しかけ」にはそうした機能が巧みに取り込まれていることが多い。(なにしろしょっぱな、「姑獲鳥の夏」からして、だ)

本当に怖いのは人間だともよく言われる。
もっと突っ込んで言わせてもらえば、「人間が怖いと思ったこと」その体験の記憶だろう。
だから人間は恐ろしい記憶を排除する。少なくとも記憶は薄れて行く。そうして快適な明日を生きているのだ。 では。
せっかくしまい込んだ「怖い」記憶が何かのきっかけでふと呼び覚まされてしまったら、どうなるか?
「冥談」という題が、冥(くら)く死のイメージを帯びている話と解釈してよいのなら、
本書におけるそれはきっと排除されるべくして記憶の奥に押し込まれた昔の「怖い」体験であろう。


「庭のある家」
旧友の家を訪れるとともは三日前に妹が死んだので医者に診断書をもらいに行く間、その隣の部屋で留守を頼みたいという。生気ある紅椿と朽ちた台が共存するこの家で、死んでいるのは誰なのか?

「冬」
右頬を畳に付けばある少女の顔が脳裏に浮かぶ。更にそれは少年期に祖母の家の壁の「穴」に見たモノ、その記憶を呼びおこす。

「風の橋」
かつて関係のあった恩師の依頼で郷土史を整理するうちに、鬼のような祖母に連れ訪れた劫之濱の記憶が蘇る。聞くだけ、答えてはならない、やり過ごして渡りきれば・・・と繰り返されるフレーズとともに。
自殺した父と不仲な祖父母と苛められていた母、そしてその中にいた幼い私が忘れ去りやり過ごしていた真実と「業」に、この劫之濱(業之濱)で再びとらわれる。

「遠野物語より」
水野が語る郷里の山人の話は、昔話でも伝説でもなく、蘇り帰ってきた故人の話も怪談ではない事実だと言う。「生きているとか死んでいるとか、そういうことじゃない---」

「柿」
ふともらった虫食いの柿から 近所の柿の木の記憶がおぼろげに浮かぶ。
祖父が愛人を囲った挙げ句首を吊ったという柿の木、記憶にはあるのに行ったことはないという事実。
化物のような真っ黒い婆と、柿の木の家と、死んだ祖母と後を追った愛人と…私の記憶は虫食いなのか?

「空き地のおんな」
5年も惰性でつきあった男と別れ街を彷徨する女がひとり。
かつて訪れた不動産屋の隣の空き地で 上半身だけの、無表情な女に見つめられ...

「予感」
廃屋に住む谷崎さんはひたすらその家がいかに「死んでいる」かの講釈をする。
死んだ家で死に囲まれて暮らす彼はふと「ある予感」に狂気するのだという・・・

「先輩の話」
幽かな記憶は「今の幽霊」 本物じゃないけど嘘じゃない。
先輩の語りだす懐かしい過去、息子の戦死を夢で知ったという祖母の話などどれも本当のことだけれど、
今からみればすべて過去のほんもの、今の幽霊であると、彼らは静かにあたためる。

彼らはしまい込んだ過去の記憶を なにがしかのきっかけで ふと、呼び起こしている。
先に行った通り、人間は厭なもの怖いものを忘れ去り、快適な明日を生きようと無意識にすら努力する。
だから完全に忘れ去っているようなものであればあるほど、それはおそらく最も恐ろしい、忌まわしい過去であり「事実」なのである。
そして彼らはそうした怖いモノを 不幸にも思い出すはめになった。

思い出した彼らがどうなったのか、どの章も明らかにせず、冥い奥の奥へと追いやられている。

ほとんどどれもがネガティブな話ではあるのだが、最後の章「先輩の話」まで来て一つの優しさをみいだすことができるだろう。
まるでパンドラの箱だ。

彼らの忘れ去ってきた過去の話は実話という「本当のこと」の、話。ほんとうのことの幽霊。
きっとこの物語はどれも「幽霊の話」でも怪談でもなく、お話そのものが語られた時点で幽霊となって行く。
それが真実であれ嘘であれ錯覚であれ、そんなことは過去になってしまえばどれも いまの「幽霊」。
そう考えれば、生きている「今」が、少し優しくならないだろうか?
幽かに揺れる幽霊と言う過去を、優しく包むことも出来るのではないだろうか?

ほんの少し、心が冥く優しくなる気がするのである。


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『冥談』/京極夏彦 ○
いやぁ・・・本作『冥談』も投げっぱなしですなぁ、京極夏彦さん(笑)。 『幽談』のときも、「うわ、オチがない・・・」って言ってたと思うんですが、とにかく、イキナリ話が終わってしまって、その居心地の悪さったら、ねぇ・・・。 ...続きを見る
蒼のほとりで書に溺れ。
2010/10/25 22:46

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
空蝉さん、こんばんは(^^)。
私的には、投げっぱなしホラー(笑)なんですが、確かに「冥く優しい」ものを呼び起こすような物語でもありましたね。
装丁も鬱々とした感じで、<何か>がひたひたと忍び寄って来るような印象。
怖いのか、怖くないのか、よくわからないという混乱が、一番「恐ろしい」のかもしれません。
水無月・R
2010/10/25 23:01
こんにちは〜あいからわずの京極さんに怖いながらもほれぼれしてます(笑) 京極さんのいう「怖いモノ」は妖怪でも幽霊でもなく、そういうものに分類する事の出来ない未知のモノなのかもしれません。だから怖い話では有るけれど、不気味で、つかみ所が無くて、少し意味不明(笑)
でもそこが良いんです〜
空蝉
2010/10/28 10:42

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