■空蝉草紙■

アクセスカウンタ

zoom RSS 『倒立する塔の殺人』 by 皆川 博子

<<   作成日時 : 2010/11/11 14:47   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 1

画像

思春期の学生、ことに女学生というのは憧れを原動力に生きているのだろうとさえ思う。
校則、教育、両親、世間体・・・様々な拘束に縛られ捕われながら 自由に憧れ外の世界を夢見ている。

今でこそ(少なくとも建前は)男女の別なく自由に立ち居振る舞えるが、戦中戦後・・・
あの軍事国家という大きな権力とそれにのまれた時代の空気の中で 彼女たち女学生らはいかほどの自由を手にすることが出来ただろうか。
対外的には本当にわずかな感情と己しか放つことの出来なかったであろう戦中において、
しかし彼女たちはけなげに、たくましく生き延びてもいたのだと、この作品に知る。
国と世間という力にあらゆるものを奪われながらも、どうにか己の「自由」と「憧れ」を守り続けていた「彼女」のような人間が、もしかしたらたくさん存在したのかもしれない。

物語はミッションスクールに通う幾人かの女学生たちのつながりと交流を横軸に、戦中戦後という時代の移り変わりを縦軸に織りなされる。
「倒立」にしたためられた手記が、一人の人生そのものを私たち読者に伝えきったところで物語はようやく幕を下ろすまで、私たち読者はいくつもの人生と「倒立」する真相を目の当たりにするだろう。

厳しい戦時下の教育方針のもと、彼女たちの間では様々な「なぐさめ」が作り出されていた。
言論の自由が封じられれば妄想入り交じる噂話、男女の仲が禁じられれば上級生の「お姉様」とSの関係を結ぶことの出来る「妹」という存在、娯楽小説の類いが取り上げられば小説の自作。
そうして小説「倒立する塔の殺人」とそれをしたためた手記・・・「倒立」というノートは生まれる。

そもそもこのノートは一人の女学生がある人に恋い焦がれ、その思慕と愛憎を示すためにしむけられた「恋文」といえる。
手記の著者はその心を暗示に満ちた殺人の物語「倒立する塔の殺人」に刷り込ませ、終戦を挟んでまた一人の女学生がノートを見つけ出すことで、物語と「彼女」の人生は再始動する。

一人の女学生が偶然図書館で見つけたそのノートには、「倒立する塔の殺人」という教師と生徒の間に殺人事件を匂わした暗示的な物語がしたためられていた。
倒立、上下逆さまになるということ。それは当時の情勢そのままではないだろうか。
終戦を挟んですべての価値観が逆転した世界。
正が悪になり、赤(共産党)が大手を振るって封建がさげずまれ、民主主義が尊ばれるように逆転した世界と、倒立する部屋で気が狂って行く作中の教師と生徒。

発見した女生徒を中心に過去と現在と、彼女の「お姉様」と同級生と、そのまた彼女らの周辺と・・・
ノートを軸に交錯する彼女らの事情と時代を経て重複する彼女らの関係、その想いは何層にも重なり合い複雑に絡まり合っている。

ノートに込められた真実と「彼女」の想いは、その作品「倒立する塔の殺人」とともに謎であり続けるが、ノートの回し書きによりその様相は変化する。
作中作の「殺人」は現実の「殺人」に。
隠された真実の想いは 暴露された「告白」に。
そして最後にようやく戻るのだ。
最初の書き手の、生そのものに。

アンリ・バルヴィスの「地獄」の最終文一節が何度となく繰り返される後半からもわかるように
「彼女」の憧れは虚無にとらわれているようにも思われる。
けれど、そうだろうか?
すべてが虚無的であることに心酔しながらも、貫き通したその想いは虚無であったとは思わない。

虚無であることでしか自分を守れなかった時代の変化の中で、それでも彼女が貫き通した想いは虚無と呼ぶにはあまりに強い。


戦時中のミッションスクール。図書館の本の中にまぎれて、ひっそり置かれた美しいノート。蔓薔薇模様の囲みの中には、タイトルだけが記されている。『倒立する塔の殺人』。少女たちの間では、小説の回し書きが流行していた。ノートに出会った者は続きを書き継ぐ。手から手へと、物語はめぐり、想いもめぐる。やがてひとりの少女の不思議な死をきっかけに、物語は驚くべき結末を迎える…。物語が物語を生み、秘められた思惑が絡み合う。万華鏡のように美しい幻想的な物語。


倒立する塔の殺人 (ミステリーYA!)
理論社
皆川 博子

ユーザレビュー:
倒立する感覚を追体験 ...
シュールでグロテスク ...
素敵な物語をありがと ...
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
『倒立する塔の殺人』/皆川博子 ○
前から、気になってたんですよね〜、この『倒立する塔の殺人』。戦時中のミッションスクールで回し書きされ始めた「小説」。チャペルで死亡した女生徒。物語と現実は絡み合ってゆく・・・・そんな前評判をどこかで聞いていたので。 戦時中及び直後の閉塞感や、女学校という特異な空間の人間関係など、妙におどろおどろしいというか、鬼気迫るものがありました。 著者皆川博子さんですが、1930年生まれとのこと。つまり、この小説の時代をリアルタイムで生きた、ということですね。 ...続きを見る
蒼のほとりで書に溺れ。
2010/11/11 23:55

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
空蝉さん、こんばんは(^^)。
・・・同じ本を読んで、このレビュー内容の濃さ!いつもながら、とても素晴らしいです。
あの複雑に絡まり合って、真実の明かされない物語を、ここまできちんと読みこなしてらっしゃるんですから!
制限される女学生たちの、生々しくも清冽な物語を思い出しました♪ありがとうございます。
水無月・R
2010/11/11 23:55

コメントする help

ニックネーム
本 文
『倒立する塔の殺人』 by 皆川 博子 ■空蝉草紙■/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる