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zoom RSS 『櫻守』 by 水上勉

<<   作成日時 : 2012/04/11 12:38   >>

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この本に出会えて良かったとか読んで大きな感銘を受けたという本はまま有るが、日本人で良かったと、こと櫻というただ一つのものにつけ、共感できる、心で感じることが出来ることにこれほど感動を覚えたことはなかった。
ひとことにサクラといっても、櫻にはその時代、土地と人々により様々な意味と歴史とドラマが有る。
かつて花といえば梅であったが歌に読まれる花は櫻を意味する。名残惜しさは平安貴族に、瞬く間に散ってしまう潔さは中世の武士と戦中の兵士達に、そして飽くことのなき華やかさは全ての日本人に好まれ愛され日本の国花として親しまれてきた。
そして「残念なことに」といっておこう。今や日本で桜といえばソメイヨシノである。
生命力あるこの種は平地高地問わず、道路脇ですら観られ最も容易く目に入れることの出来る桜だろう。
花見客はござの上の酒と馳走を前に、上を見上げて青空に映えた白い鮮明なこの花を賞賛する。
いや、それはそれで良いのだ。私はソメイヨシノが嫌いではないし、こうした品種もまたサクラであり、大切な、今日の日本人に好まれる豪奢なサクラのシンボルであることに違いはないのだから。

けれど、私はわざわざ山に足を運び黒々とした山を背景にみる、老木の山桜を忘れ得ない。
初めて出逢った山櫻は、ソメイヨシノしか見たことのない幼い私にとって桜以外の新種であった。
花をつけつつも侘び寂びをその茶色い葉と艶姒色のガクに残す、その濃淡はなんとも大人びていて艶っぽく。早熟な私を惹き付けて止まなかったあの山櫻。
ああ、この作品の主人公である櫻に生涯を捧げた彼は、なぜこうまで櫻にこだわり続けたのか、ようやくわかったような気がする。

華やかで暗がりひとつない真っ白のソメイヨシノは例えていうならまだうら若い生娘、舞妓のよう。
それに比べて山櫻は・・・芸妓か芸者か、はたまた太夫か。いずれ年増の円熟した影のある艶やかな女性を思わせる。

幼き頃、山櫻の下でみた、彼の生涯心をつかんで離さない光景はソメイヨシノではありえなかったのだ。
木挽の祖父と其の横で脚もあらわに戯れる母が妖艶なほど美しく、山櫻の下で睦み合っていたそのワンシーン。その光景は何度も何度も彼の脳裏をよぎり、初夜も櫻の下、生きるも死ぬも櫻の下と、彼を生涯離さない物となった。
ラストページになるが、彼に劣らぬ櫻狂いの師匠も、彼の妻も息子も仕事仲間も誰もかも、彼がなぜそこまで櫻に執着し櫻を愛したのかが終ぞ理解できなかったという。
けれど彼に生命を与えた母と、彼に人生も道を用立てた祖父とが美しき山櫻の下で混じり合うこのワンシーンがその疑問の答えと成ることを、読者である私たちだけは知ることが出来る。

本作品に描かれるのはひたすらに一人の植木屋の櫻馬鹿な生涯、そして戦後次々と失われていく古き良き日本の櫻と自然の有り様であり、誰かが彼を思い出すかのように淡々と語られていく。
文体も不思議なもので、主観的に、ともすれば櫻守の一人称的で描かれているかと思いきや、節々で思い出を言い聞かすような「語り」口調になる。
古き良き時代をふと思い出し遠い目をして懐かしむような。
ありし日々をまぶたに浮かべ櫻に生涯を捧げた彼、櫻守を愛おしむような口調と文体。
そうしたほんの少しの言葉遣いが上手いと思う。
そんなところから、人は事実や歴史に真実みを見いだすのだ。

どうか隅から隅まで、それこそ一本の櫻の紹介ひとつひとつにまで目を向けてほしい。
この作品にはある男の真実と、日本の歴史と櫻の過去現実が克明に描かれている。
もうすぐ花見だ。

某冊子で「桜が好きか?」「桜といて思い浮かぶ物は?」というアンケートがあった。その結果は9割以上の日本人が「桜が好き&大好き」であり、たしか1/3以上が「青空」を思い浮かべたという。
この数字をみてきっと彼は苦笑するに違いない。あるいは落胆か。
この数字を支えるほとんどの桜はソメイヨシノに違いない。
青空に映える白い華やかな大振りの桜。賑やかな宴会と酒と歌と。

古来日本で良しとされた彼の愛する風景、黒々とした山を背景にした櫻は、もう殆ど忘れ去られている。
ソメイヨシノが悪いとは言わない。大いに結構だ。がしかしどうか今一度、サクラが好きだというなら今一度、櫻についてもう少し深く思ってほしい。
櫻は日本の花、日本人におそらく最も広く愛される花。それを誇れるだけの礼儀を櫻に持ちたい。


丹波の山奥に大工の倅として生れ、若くして京の植木屋に奉公、以来、四十八歳でその生涯を終えるまで、ひたむきに桜を愛し、桜を守り育てることに情熱を傾けつくした庭師弥吉。その真情と面目を、滅びゆく自然への深い哀惜の念とともに、なつかしく美しい言葉で綴り上げた感動の名作『櫻守』。他に、木造建築の伝統を守って誇り高く生きる老宮大工を描いた長編『凩』を併せ収める。


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水上 勉

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