『竜が最後に帰る場所』 by 恒川光太郎

ファンタジーや異世界ものの作品は数多いが、描かれたその世界がリアルに「私のこの世界」にあると無意識のうちに思わせてしまう、その中に読者がどっぷりはまってしまうほどの作品は、少ない。
ヒーローが活躍する素敵な世界、魔法の飛び交う魅力的な世界、未来に叶うかもしれないSF、昔々のお伽噺にロマン溢れる伝説、神話etc… 
そうした物語は憧れや畏怖の目、願望の対象になり多くの読者に夢や希望を与えるのだろうけれど、私はは「ありえない世界」「体験出来ない話」だからこそ、安心してドキドキワクワクしている。

では、あり得るかもしれない異世界が舞台だったらどうだろう?
もしかしたら自分の身に降り掛かるかもしれない物語が描かれていたら。
恒川氏の紡ぎだす異世界は、いつだってこの世界そのものではなく、平行して存在するもう一つの世界(パラレルワールド)だ。見えないけれど当たり前に存在するもう一つの世界で、主人公たちはいつの間にかあちらの世界に魅了され、帰ることすらも忘れてしまう。
どちらがホンモノか、何が真実か、そもそも自分は何処の誰で何者か?
恒川氏の物語の多くが「現実」ベースで、次第にあちらの世界に視点も舞台も移って行く。
読者は主人公の目線とともに、何処までも交わりきれない異世界がすぐ隣で永遠と存在し続けていると、いつの間にか刷り込まれてしまう。極自然に、当たり前のことのように。

ただ本作品は初めての短編集ということで、その「刷り込みの経過」は各物語ごとに重ねられて行く。

完全に現実的でどうということもないストーリー(1)風と放つ に始まり、
ファンタジックなマンガと現実を利用した(2)瞑想のオハネラに続く。
中間点の(3)夜行の冬 で不思議な一行に魅せられ夜な夜なもう一つの人生(パラレルワールド)を渡り歩く話が描かれ、こちら側からあちら側の世界が濃厚になって行く。
後半(4)鸚鵡幻想曲 では人が鸚鵡に分散(拡散)され南の島で神話的活躍をする話となり主人公の7割は既に鳥(人以外)となる。
最終章(5)ゴロンド にいたっては主人公が最初から既に人間ではない、竜である。

どれも全く繋がりのない話ではあるのだけれど、共通しているのは主人公たちがみな新しい、ここ(現実)とは違う世界を求めているということだ。
ストーカー女や世間から逃げて旅に出た者。
DVの末、母を殺された呪わしい過去から復讐によって決別した者。
今とは違う明日の世界に期待して怪しげな夜行に参加し続ける者たち。
解体して新しい姿形を与えずにはいられない能力者。そして彼によって鸚鵡にされ南の島へと惜しげもなく旅立った男(鳥)。
人はこうもあっさりと、この世界を、人の世を捨てられるモノなのかと思い・・・
しかし同時に「いややはりそんなものか」と妙に納得してしまう自分に、少しだけ恐ろしくなる。

恒川氏はこれからもこちらとあちらを描き続けるのだろうか。もしかしたら完全にあちらに行ってしまうのか?はたまた・・・?
いずれにせよ、氏は一つの物語が終わるごとにあちらの世界がこちらになる、非日常が日常に取って代わる見事な構成で新しい試みを成功させた。
今後がますます期待され、少しおっかなびっくり待ち望まれる。



竜が最後に帰る場所
講談社
恒川 光太郎

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この記事へのコメント

2011年07月26日 21:14
空蝉さん、こんばんは(^^)。
恒川さんの彼岸と此岸の境を行き交うような、いつの間にか踏み越えてしまう物語、良かったですねぇ!
ふと気がつくと、見知った現実と少しだけ違う並行世界にさまよいこんでしまう・・・。
いつか自分にも起こってしまうのではないか。案外あっさり、それを受け入れてしまうのではないか。そんな静か~な怖さがありました。

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  • 『竜が最後に帰る場所』/恒川光太郎 ○

    Excerpt: ふと気が付くと、今ここと違う世界にいるのかもしれないという、ひたひたと忍び寄る怖さと共存する、郷愁。 物悲しさを孕んだ和製ホラーといえば、恒川光太郎さんである。 前作『南の子供が夜いくところ』では.. Weblog: 蒼のほとりで書に溺れ。 racked: 2011-07-26 21:14