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zoom RSS 映画『今、会いに行きます』 やっと見ました!

<<   作成日時 : 2005/10/17 01:26   >>

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アレだけ世間で騒がれていたのに未だ見ていなかった「今会い」。
やっとWOWOWでやってくれたので、やっと見ることが出来た。
正直ドラマにはちょっとうんざりしていたので(あのテンポのなさと強弱のなさがあまりにつまらなくて)、映画はどれほどのものかと世間一般の『涙』を半信半疑で臨んだのだけれど。
以外にも良かった。泣けるとまでは行かなかったけど、映画館で集中して見たら、泣いたかもしれない。
けれどつっこむべくは、あの子供。どう考えたってあんな小さな子が「自分のせいでお母さんが死んだ」なんて理解するわけないし、いくら親戚だからといってそんな言葉を口にする人がいるとも思えない。私が温室育ちなだけだろうか?第一、産んでから9年もたって死んだ妻でしょう?9年ももったのだから、お産が原因で・・・なんて思う人がいるとも、やはり思えない。設定が甘い。
ついで言うなら、あの年で死んだ人間が帰ってくるなんて本気で信じている子供がいたら、それこそ危ない。妻が帰ってきたと、あんなにすんなり受け入れる父(夫)も、やはり尋常ではない。
恋人が記憶喪失になって、それでもやはり同じ人を好きになる、なんて設定はこういう小説なんかではすごくベタな設定だけど、私は余り好きではない。というより、人格が変わっても好きになる、というのはいただけない。だってそうだろう?お前はその人の外見が好きになったのか?っていいたくなる。記憶がぶっ飛んで、性格も癖もなにもかもなくなった人間に、同じように恋をするというのはその人(記憶がなくなる前)との愛を全否定することになるんじゃないか?とおもう。
ただ、この作品ではそのあたり、つまり人格が前後で変わったのかどうかがあまり描かれていない。だからこれについてはどうこういうつもりもないが、どうせならもう少し「ああ、やはり彼女だ」と思わせるようなシーンを作って欲しかった。

とまあ、いいたい放題かいてしまったが決してこれが一番言いたいことではない。
私はこの映画が好きだ。こんな些細なことを吹き飛ばすくらいにラストは感動したからだ。
私は傍らで横目にこの映画を見ていた母に聞いた。
「母さんなら、死ぬとわかっていても私を生むために結婚した?」
こんなこと、あるわけないでしょ。ありえないことじゃない。とピントがずれた返答をする母・・・。
食い下がって再度聞いても、「さあ、どうだかねぇ。」としか言わない母・・・。
まあ、実際はこんなもんだ。ことにあの世代の人間はそういった恋愛事情に疎いのかもしれない。
「今、会いに行きます」 なんとも心に響いてやまない。
これは彼女が彼に放った言葉だが、同じことを彼らはお互いに繰り返しているのだ。
彼もまた、(結婚前の話だが)彼女に会いに行っている。会わずにはいられない、じっとしていられないほど恋焦がれる、愛してやまない心が、この作品全体にひしめいている。
だから、私は感動した。
いま、会いにゆきます
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