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zoom RSS 『千年樹』 by 萩原浩

<<   作成日時 : 2007/04/15 12:40   >>

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最近萩原浩にはまってしまった。考えてみればずっと前に読んだお気に入りの本・・・『押入れのちよ』や『神様から一言』も萩原氏の作品だったのだ。今になって、ああ、あの作者かって気がつくのも失礼だが;; それくらい良い作品かつ私の趣向にあった作風なのだろう。

今回の『千年樹』タイトルも、テーマも、時代はこび(過去と現在の対比)も素晴らしい。
まず、とある田舎の杜(後に神社にもなるが)に太く大きな、それこそ樹齢先年はくだらないほどの巨樹が一本聳え立っている。 時には優しく、時には畏れと恐れを漂わし、様々な時代と人間とを見てきた一本の楠。ことり=子盗りの樹とも言われ、そこに来る人間達に時代を問わず恐れと悲しい救い・・・捨て場となってきた。

この楠をめぐるいくつかのオムニバスになっているのだが、どれも過去と現在とのペアになっているのがおもしろい。どの話(ペア)も時代と状況は違えど登場人物は、同じ過ちを犯し、同じ苦汁を飲み、同じ悩みを抱えている。コトリ(子盗り)という名が付いたのは、昔この樹のもとで多く神隠しにあったという由来があるのだが、各章を読み進むうちに気がつく。
盗られているのは子だけではないこの樹の前に現れた人間であり、盗る・・・というより手招きし引き摺りこむのはこの樹ではなくやはり人間であり世界なのだと。

犬死する者、切腹する者、自殺するもの、殺されるもの、気が狂う者、子取替えるもの・・・
この樹の下には数え切れないほどの骨が埋まっている。
十人十色。様々な人間が様々な事情と苦悩を抱えてかつてこの樹の下で果ててきた。
時代は変われど現在に舞台を移しても人間は変わらない。同じような苦悩を抱え、この樹のものに足を運ぶ。ただ一つ違うのは、現代人はなかなか死なない、ということだ。
これは作者が意図してのことなのかどうかは知らないが、これは皮肉にも思える。

江戸時代も明治大正も、戦時中も、人は簡単に死んできた。
貧困、戦、身分、地位、戦争、権力、妬み嫉み・・・
いつの時代にも同じものが立ちはだかり人を苦しめ続けてきた。
違うのはかつては死がいとも簡単に手に入った/殺されたのに対し、今やなかなか死ねない/殺せない、ということだ。
死にづらい世の中になったとも言えるし、平和な世の中になったとも言える。
ただこれは「命を大切に」できるようになった、というのではないはずだ。
人一人の命が社会全体から見て非常に軽かった時代。それは逆を返せば命の儚さ、簡単に命は絶えるものなのだということを知っていたということではないだろうか。

今のご時世、「命を大切に」という言葉ばかりが空回りして、そのあっけなさ・・・簡単に奪いも奪われもしてしまうものなのだということを認識していない。
なんとなれば「どうして命が大切なの?」「どうして人を殺しちゃいけないの?」となる。
一つ言わせて貰いたい。どうして、だと? そんなのは決まってる。
命は儚いから、貴重で大切なんだ。そんな簡単なことだ。

どの話も素晴らしい。少しホラーが入っているくらいで恐い、というものではないが
カッコウの巣の話=取替え子の話など、私にはゾクリとくる。
ぜひ、ご一読願いたい。

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