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zoom RSS 『償い』 by 矢口敦子

<<   作成日時 : 2008/08/05 08:21   >>

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私は女流作家を卑下するつもりもないし、男性による仕事が女性に勝るとも思っていないし男女による差別などもってのほかだと思っているから、次の言葉を勘違いしないで聴いてほしい。
矢口敦子という作家の作品は、良くも悪くも女流作家らしい文体と構造で成り立っている。
女流作家らしい、というのはあくまでも世間一般に考えられやすいイメージを仮に当てて言わせてもらう。
つまり、情緒・主観などと理性・客観の比率において男性のそれよりも女性のほうが前者に重きを置きすぎる傾向がある、ということだ。
恋愛小説ならともかく、ミステリにおいてこれはしばしば欠点としてとられるだろう。なんといってもミステリ・・・謎解きであったり不可思議なトリックや構成が読者を惹きつけるジャンルなのだ。キャラクターの情緒に左右され、謎と答えが一人の感情のの海の中で溺れてしまう物語はいつしか現実味を失い、リアルであること、つまり起こりうることとして臨場感を味わおうとする読者の興味をしらけさせてしまう。その結果、ミステリーっぽくない、といった批判を浴びされる羽目になるのである。
そして、矢口敦子の作品にはそのきらいがある。

36歳の医師・日高は子供の病死と妻の自殺で絶望し、ホームレスになった。流れ着いた郊外の街で、社会的弱者を狙った連続殺人事件が起き、日高はある刑事の依頼で「探偵」となる。やがて彼は、かつて自分が命を救った15歳の少年が犯人ではないかと疑い始めるが…。絶望を抱えて生きる二人の魂が救われることはあるのか?感動の長篇ミステリ。

言ってみれば己の罪に押しつぶされ厭世的日々を決め込みホームレスとなった元医者である男が、通報者となったことから刑事と親しくなり、その町の連続事件について探偵をする羽目になってしまう。
事件を調べていく中、人の悲しみの心の声を聞き取ることが出来ると言う厭世的な少年と出会うが、彼は13年前男が偶然命を救った少年・真人であった。彼と接近していくうちに男は己の罪にさいなまれる。わが子を見殺しに妻を自殺に追いやってしまった医師としての出世と欲を後悔する日々、過信からヤコブ病を発症させてしまった罪の意識、そして連続した事件を追ううちにもうひとつ彼を苦しめる後悔が生まれることになる。男が唯一、人間としてこの世に踏みとどまるに足る行いと信じてきた出来事、その13年前に命を救った少年が、今次々と「悲しい人」を殺しているのではないかと言う疑惑である。
男の唯一の善行は、人殺しの元凶をつくり死なずにすんだであろう人々を殺す結果となる悪行だったのか?

罪と、後悔と、悲しみと苦しみばかりがどこにも満ちている。男も、少年も、被害者たちも刑事すらも、ヒトは社会動物、人間として存在し続ける限り何がしかの業を背負っている。そんな世界で、生きるということとは必ずしも幸福とは結びつかず、あまりに大きな絶望を味わったとき人は生存そのものを放棄する弱い生き物だ。
だから犯人は悲しみを断ち切るために、悲しい彼らを死によって救いだした。そのつもりだった。同時に己の生存そのものすら罪であり悪と死の元凶であるということを自覚しつつも、あまりに優しくおろかな犯人が私には痛ましかった。

己の過去に後悔し、己の現在に絶望し、己の存在そのものに幻滅しながら、それでも彼らはこの世に踏みとどまっている。
人間はどれほど死を乞い、いかに生を憎んでも、生きることに執着してしまう生き物である。悲しく浅ましいほどのこの執着はしかし同時に力強く、償い、許し、人を生かす力ともなるのだと私は信じる。

男は死を思いながらも己の罪を償うことに執着している。その執着はつまり生きていて良いのだと、そう許されるための方法であり、やはりそれは生への執着の裏返しなのだ。



償い (幻冬舎文庫)
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●読書記録● 「償い」 矢口敦子
これ、面白かったです(b^-゜) ...続きを見る
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2008/08/31 15:46

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