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zoom RSS 『幽談』 by 京極夏彦

<<   作成日時 : 2008/10/20 09:42   >>

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これは単なる怪談話でも、京極氏にお馴染みの妖怪モノでも、ましてや思想や哲学じみた話でもない。
いや、そのどれもに当てはまるということなのか。
8つの恐ろしくも興味深い短編からなっているが、そのどれもがただ1つのこだわり、つまり此方と彼方、此岸と彼岸、生と死のどちらに「私」が属しているか、という恐ろしく単純で最も証明しがたいこの事象に終始する。
長編で知られる京極氏による短編集、新境地と思われがちだがきっとそれは文字の多さの違いでしかなく、一貫して行き着く先は「わけのわからないもの」への恐怖であり不気味さであり、描かれるのは「こわいもの」そのものである。

・離縁した妻と7年前に訪れた辺境の地に再び訪れた男。妻と泊まったその旅館の庭先で出逢った「女の手首」を再び土中から掘り起こす・・・記憶の断片を拾うように甘美なひと時を取り戻しに彼はこの地に訪れたのか。(手首を拾う)

・30余年前少年期を過ごした街を逍遥する一人の男。日常と生に麻痺した彼が体験する、曖昧な時間と場所、そして死んだはずの友人の影・・・読者はきっと彼が生きているのか死んでいるのか、過去の人物なのか未来なのか・・・なかなかつかめないに違いない。
「僕が僕であるためにはね、同じ時間に同じ場所に立って、同じ時間に同じ場所に戻らなきゃならない・・・それがぼくという存在なんだ」
覚えがあるのにわからぬ道、見たことあるのに見知らぬ町、死んだはずなのに見かける友人、あいまいになる時間と場所と己の生と死。
彼がこの町を認識できないのは、まさにその場所と己と時間とが一致しないからであり、 彼自身が生きているのか死んでいるのかどうにも曖昧に感じられるのは、彼自身が戻る場所と生きている時間と、立つ場所とを失っているからである。
生死なんていうものはこうして外部の条件付けと己というモノを認識し感知してもらえる環境が整って初めて確信できるのかも知れない。時と場所と己とに名前をつけなくては、誰もソレをそう、呼ぶことが出来ないのだから。 (ともだち)

・ベッドの下に突如住み始めた顔だけの「下の人」 ベッドの上の人である女はとうとう「下の人」に話しかけるという異常な行動をとり常識と日常を失う、はずだった。しかし、皮肉にも非常識なソレを受け入れてしまったことで「下の人」がベッド下に住み始める前と変わらぬ日常を彼女は再び手に入れた・・・(下の人)

描かれる人々は皆、生きているという「普通」を肯定できるだけの確信を持てずにいる。
正常・常識・日常という普通であるということの定義は曖昧であることに気づき、ソレを定義するものは己ではなく己以外の「外の人」による認識でしかないということが、彼らを、私たちをときに安堵させ、恐怖させる。

どの章も生と死、日常と非日常、正常と異常、常識と非常識とが交錯し、それを定義するものを求めさまよい探し続ける人々がいる。そうして行き着くのだろう、それを定義することが出来ないこの曖昧な生という存在の仕方そのものがコワイモノであるといういことに。

私たちはコワイモノに恐怖し驚き避けようとしながらも、それに異様な興味を示し触れずにはいられない。
知らないでいることが、わけのわからないものがあることが不安にさせ、わからないものがあるということはすなわち己を定義してくれる「外の人」がいなくなるということ、つまり無の恐怖なのだろう。
所詮、恐いということは死への恐怖なのかというと、それは本文中でも否定される。
だから私は思う。こわいもの、それは死ではなく、消滅への不安でもなく、生きているということその確かめようの無い不確かさそのものなのであると。


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幽books 著者:京極夏彦/ダ・ヴィンチ編集部出版社:メディアファクトリーサイズ:単行本ページ数:


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『幽談』/京極夏彦 ○
京極夏彦さんですよ。 実は、【蒼のほとりで書に溺れ。】の記念すべき第1番目の記事が、京極さんの『どすこい(仮)』だったのですが、その後も『巷説百物語』シリーズでなどで、魅了されましたねぇ・・・。 で、本作『幽談』は、如何に。 ――― うわ、投げっぱなしだよ。 怖いとか怖ろしいとか、そんなことの前に。このオチの無さは、この居心地の悪さは、いったい・・・。 ...続きを見る
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2010/02/28 03:45

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
空蝉さん、こんばんは(^^)。
微妙なブレ、不確かな世界。自分ですら、確定していない。
そんな不安感を煽られる、何とも言い難い短編集でしたね。
そして・・・空蝉さんの文章でまた、気がつくのですよ。どの物語も主人公の一人称或いは一人語りで、主観はあるけど客観はなく、しかもその主観すらあやうい楼閣であること・・・。

ところで、「こわいもの」のラストシーンの後、主人公はもちろん、老人もどうなるのか、気になりません?全てが煙のようにパッと消え去ったりとか・・・しないかな〜?
水無月・R
2009/02/05 23:40
水無月・Rさん、こんにちは。
京極さんは「南極人」を購入してはや数週間・・・よ、読む暇がない〜!と泣く日々です。
でもこういうホラーって意外と初めてですよね、京極氏。いっそホラーの長編を書いて欲しいな〜なんて思ってしまいません?
私もラストの老人のその後、気になります!
空蝉
2009/02/06 09:11

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