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zoom RSS 『ファミリーポートレイト』 by 桜庭一樹

<<   作成日時 : 2009/01/10 21:32   >>

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あけましておめでとうございます・・・というのは喪中のため大きな声では言えないのですが、
2009年度、bk1で記念すべき?年明け第一回目の「bk1・今週のオススメ書評」にめでたく選ばれました♪
しばらくご無沙汰だったので嬉しいというかほっとしたというか(苦笑)
でも私の愛する作家・桜庭氏の新刊の書評が取り上げられて、それは本当に嬉しいです。
ブログ用に書いたものを推敲かつ短くしたものをbk1様に投稿しているので多少ダブるところがあるかと思いますが
推敲前、読了直後の感想文だとと思って読んでやってください。では、いつも通り書評です〜↓

夫を殺した美しい母・マコに連れられ、まだ人間的な教育すら受けていない幼い娘コマコは二人だけの逃避行の旅に出る。次第に落ちぶれていく当留置、家畜並みに貶められていく虐待の中でコマコは母マコのためだけに存在する小さな神になり、それだけが世界の全てだった・・・。
人格形成期に特殊な環境、いわゆる必要最低限の社会的常識と教養を十分に身につけられなかった子供の残酷で幸福な日々が前半。

神と信じて疑わなかった幼少期と母から別れ、マコは少年でも神でもブタでもなく女の片鱗を見せ始める。高校生として社会の中に入ったマコは女であり男であり・・・いや、むしろ男も女も子供も大人も否定した浮遊物となった。女として抱かれ、男のように女を抱き、言葉の要らない世界でおぼれ燻り、夜な夜な暗い地下の文壇バーで嘘で固めた真実の物語を語りつむぐ日々が中盤。

文壇という表現者たちの病棟に足を踏み入れ新人賞を受賞したコマコは一度離れ喪失した母・マコを己の中に同化しハレの舞台を全て任せるようになる。世界と新しい家族の前で演技をし続けるマコと夜の世界で放浪を繰り返しつつも物語を著すことに執着するコマコ。表現者の限界、赤い地平線まで続く孤独な荒野を真っ直ぐに歩き続けるコマコが放浪と出会いと別れと己の吐瀉を繰り返し、ついに母の若き姿、マコとコマコのいっとう最初のファミリーポートレイトを発見する。終盤。

『私の男』『赤朽葉家の伝説』の集大成、という帯を見るにつけ、どうしても加えなければと思うのが『荒野』である。
何度と無く繰り返される「荒野」という言葉。既作『荒野』で少年が目指した先にある荒野は希望と不安に満ちてたのだろう。しかしそこにのた打ち回りその赤い地平線という終焉目指し歩き続ける作家を描いた本作は希望という安らかな言葉はどこにも無い。
ここに表現された作家マコは著者(桜庭)自身を投影した姿であり、物語の生み(表現)の苦しみと、憎悪と、業と、その先にあるこの世に存在するための赦しがほんのわずかにあるだけだ。これほど悲痛な私小説があっただろうか。

一切を所有せず人であることの誇りも尊厳も奪われ続けた幼少期を送ったマコは、世界を否定し神を憎悪し、喪失した母以外の愛に恐れ、それでも唯一つこだわり続けたのは「生きること」だ。
人は誰でも己の中にやりきれない狂気を持っている。
彼女は、人は、表現者は己の中にあふれ出すその狂気に押しつぶされまいと、自分のからだをこじ開け吐き出し、そうして世界に「表現」してみせ、人々に「消費」されることでようやく一瞬、生き返る。
彼女は憎悪する。己から略奪し続けた神と世界とを。
そして証明し続ける。私という一個の魂が生き続けていることを。

「なにより自分に、次にあなたに、証明したいのだ。・・・書くことは 惨めなあたしに生きることの尊厳を取りもどさせてくれる」

世界を否定した彼女は自分が存在することすらも否定し続けたけれど、生きることだけは守り続けた。
生きるということと存在するということが結びつかなかった彼女がようやく行き着いたのが、物語を書き続けること。
己を撒き散らして、人々に世界に表現してみせて、赤い地平線というその終焉まで荒野をさまよい続けるということ。
きっとそうやって存在と生とが結びついたのだろう・・・と、私は勝手に思う。

自分の中にもともとあるらしい、愛の、発見。
生きるということ、存在するということ、己の尊厳を証明し続けるということ。
それら全てが「愛するということ」の発見で一つに終結していくのが手に取るようにわかるから。

ネットの本屋さん・bk1


ファミリーポートレイト
講談社
桜庭 一樹

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『ファミリーポートレイト』/桜庭一樹 ○
桜庭一樹さんの、「少女であることの痛み」を描いた作品が好きだ。 あの頃の自分の「生き辛さ」を、まざまざと見せつけられ、その物語にバッサリと斬りつけられる。 平和な国の、穏やかな時代の、平凡な少女であった私でさえも、少女であるというだけで「切なくなるほど痛かった」という、忘れかけていた事実に。 しかし、本作『ファミリーポートレイト』で語られるのは、その「少女であることの痛み」では、なかった。 ...続きを見る
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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
空蝉さん、こんばんは(^^)。
とうとう、『ファミリーポートレイト』を読了しました・・・!
ああ・・・自分のブログで「愛の発見」について言及するのを忘れてました(-_-;)。
どうも「母の物語の不在」ばかりに目が行ってしまって・・・。

しかし、相変わらず同じ物語について書いたとは思えない、私の文章は(笑)。
水無月・R
2009/01/16 23:37
こんにちは。お読みになりましたね、Fポートレイト。私はどうしても「赤朽葉家〜」がやっぱり一番好きなのですが、それでもこれは素晴らしい大作だと思います。
これから水無月・RさんのHPにまいりますね、トラバお返しいたします♪
けれど水無月さんの書評を読むのが怖い…です、自分の文章の拙さがわかりますから(苦笑)
空蝉
2009/01/18 11:36

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