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zoom RSS 『泥(こひ)ぞつもりて』 by 宮木あや子

<<   作成日時 : 2009/03/16 08:42   >>

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清和天皇、陽成天皇(貞明)、宇多天皇という三代にわたる御世を縦糸に、そして彼らを取り巻く摂政、関白、女御更衣をはじめ数多の人間たちの歴史と想いを横糸に、律令制の崩れかけた平安王朝の天上人たちの繰り広げるドラマを描いた中篇集である。
時代物を描くにはやはり専門的な知識を使いこなすことが必定であり、愛憎豊かに人の恋を描くことに長けている宮木氏にとってその点はやはり未熟さを拭いきれない。どこが、というのではなく全体にまず現代じみているということ。どこかその辺にいる現代っ子の恋愛ドラマ、現代の昼ドラの延長線上に歩きがしてならないからだ。
いつの時代も恋愛にまつわる思いは同じ、といえば聞こえが良いが果たしてかの一夫多妻制が当然であった平安時代、ましてや国の頂点に立つ天皇という家系においてその認識は全く同じであると、温度差がないと言い切れるのだろうか。
だから、そういう設定なのだ、と割り切って読むことをオススメしたい。
なぜなら私たちの少し前の世代にも別世界に生きるヒトのものと思われていた世界の出来事が急に身近になる、私たちとなんら変わらないと思い知ることがあったからだ。
そう、あの大戦中に現人神(あらびとがみ)として崇められまさに「天上人」「雲の上の人」とされ続けてきた皇室の方々が、敗戦とその後の世相の移り変わり、そして例えば「ミチコサマ」の登場により急激に人としての様相を帯びたように。


まず3章(三世代)に分かれている中篇集だがその時間の経過は陽成天皇を中心にその前代へ、次代へと行ったり来たりするのだが全体として流れる心情は極自然で人一人の人生と同じである。
まず第一章。
心激しい感情のままに展開する若く美しい陽成天皇の愛憎物語は、世間や社会といったいわゆる「大人の問題」をそっちのけで己のことに手一杯な現代っ子たちの恋愛事情となんらかわりはない。
美しき帝にひたすらに憧れる女、親友ながらも秘めた恋心に苦しむ男、乳母を慕い続ける幼き陽成帝、いや、貞明。

続く第二章は社会人として自立し家庭や社会、地位、外聞などを知っている成人期といえようか。
帝という地位に縛られ、例えそれが傀儡であれ形だけのものであれ己という自意識を二の次に帝としての「務め」を哀しくこなしていく姿が、清和帝には見受けられる。そんな彼を恋い慕う女に疎ましく思う女、望まれながらも石女である后・・・どうしてこうもうまくピースがはまらないのだろう?と現実のギャップに悩み苦しむ姿もまた、成人した我々と同じである。

そして最終章。つまりは人生における老年期、結びにあたる。
すべてを掌握してきた堀川大臣とその駒にされ翻弄された妹・高子の因縁の瓦解が、まさに雪解けのようにその結末を飾る。まさしく結末、物語の最期を、彼、彼女らの最期が一つに「結」ばれていく。そんなラストだった。

登場する女も男も、みな何かに恋焦がれその深さゆえにもだえ苦しみ、思いの人を愛しては憎み、恋しては呪う。
たとえば陽成帝(貞明)を恋い慕う女がいる一方で貞明を愛し憎む友がいる。
清和帝への愛が報われず入内かなわぬ女がいる一方で、不本意ながらに入内した石女もいる。
帝よりも誰よりも決めた男がいながら、身内によって引き離された女がいる。
親政を行わんと切磋琢磨するうちに友も素晴らしき思い出も失ってしまった宇多帝がいる。
描かれる思いは狂おしいほど激しいものも、哀しいほどに報われぬものもある。本当は彼彼女たちの感情は私たちのそれとは温度差があるのかもしれない・・・けれど、一つだけ確かなことがある。
人は恋せずにはいられない。美しい人、憧れの人をもたずにはいられない。
それだけはいつの世も変わらないのだと信じたい。


入内できぬ女の思い。后になっても叶わぬ恋。報われることのない帝の愛──。平安王朝を舞台に様々な狂おしい愛のかたちを描く中篇集。
我儘な振る舞いの多い美しき帝、陽成天皇を軸に叶わぬ想いが募る「泥ぞつもりて」。その陽成の母・高子が入内(じゅだい)を拒否した若き日々、天皇の寵愛を受けつつも石女(うまずめ)の后や、入内の適わない女を描く「凍(こほ)れるなみだ」の他1篇。宮廷の権力争いを背景に、いつの時代も変わらない男女の狂おしい想いを切り取った恋愛絵巻の誕生です。
文芸春秋より)




泥(こひ)ぞつもりて
文藝春秋
宮木 あや子

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『泥(こひ)ぞつもりて』/宮木あや子 ○
藤原摂関家華やかなりし平安時代のままならぬ想いが行き交う、宮木あや子さんの描く世界。いつの世にも恋は整然とせず、嘆き苦しむばかり。 平安時代の貴族であれば尚のこと。娘は政略の道具となり、心を千々に引き裂かれる。男とて、叶わぬ恋情や政(まつりごと)の行く末に、ただ悔やむばかり。 ...続きを見る
蒼のほとりで書に溺れ。
2009/03/16 22:41

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
空蝉さん、こんばんは(^^)。
空蝉さんと私、同じ本を読んでるのに、どうしてこんなに違う文章になるんでしょう(笑)。
毎回思うんですよね〜(>_<)。

そうですよね、確かにこれは「あの時代の天上人達の感覚」をそのままに描いたかというと、違うのかも知れません。ううむ〜、思ってもみなかったです(泣)。

でも、宮木さんの「ままならぬ想い」が交錯する世界の美しさは、とてもよく表れてましたよね。
堪能しました♪

水無月・R
2009/03/16 22:49
おはようございます。 
いやいや、それは私のセリフでして;;水無月・Rさんの書評みたいに的確に正確に詳細に、そして豊かにその作品を表すことが出来たらいいのに!と己の力量を嘆いていますから。
でもほんとに、いつの時代も人が心を持っている限りその程度の差、感情の赴く方向の違いはあれど、きっとままならぬ想いは必ず燻り続けるんでしょうね。
空蝉
2009/03/17 10:35

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