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zoom RSS 『富士子』by 谷一生

<<   作成日時 : 2010/06/07 16:10   >>

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『ダ・ヴィンチ』『幽』主催第4回『幽』怪談文学賞短編部門大賞受賞作。
ということで今回読む機会を得た。

島の怪談、と副題にある通りどれも舞台は島である。
今何かと問題になっている沖縄島をはじめ、島というのはそれだけで既に異質なものを感じさせる。
けして差別をする意味ではない。海を隔て、培ってきた文化と歩んできた歴史は当然本土とは違う物なのだから、そこにどうしても「異文化」を感じてしまう。
その「異文化」は明るいところでは観光資源となり、暗いところでは異質なモノとして怪談ネタになりうるのだと、本書にふれてつくづく思い知る。

怖いという感情の捉え方は人それぞれだけれども、唯一共通していることをあげるならそれはおそらく非日常性ではないか。
常識が常識でなくなる時、日常が非日常になるとき、自分が自分で、人が人でなくなるとき、人は太刀打ちできない何かに恐怖を感じるのだろう。
その中でも分かりやすいのは物理的な非日常、つまり日常を離れた場所への移動である。
本書に収録された物語の主人公たちはどれも本土を離れた「島」に訪れ(もしくは戻り)、非・常識を体験する。

人情を誘う物語やぞっとする現象、人の変貌の恐ろしさや想像力を刺激する怖さ・・・端から見れば彼らの体験した事、見たものは非現実的な出来事(怪談)の類いだが、どれも「恐ろしい」というものではない。

本書の主人公たちに共通しているのは「島」というキーワードのほかにもうひとつ、
おそらく皆 恐怖していないということである。
ソレを嫌悪し、憎み、恐れ逃げようとはしていても、彼らはソレをオバケか怪奇現象に出くわしたかのようには捕らえていない。
知ってか知らぬか、夫々の事情を抱えながらもソレに自ら出向き対峙し、呼び寄せてすらいる。
どの作品にも死者、もしくは得体の知れない何者かが登場するし 傍目から見ればいわゆる「恐怖体験」をしているにもかかわらず、彼らの物語はどれも怖くは、ない。

ここが著者の持ち味であり、恐怖することなく味うというあたらしい怪談なのではないかと思う。

むしろ本書における怖さは、主人公たちが抱えている拒絶したい己の性質や過去に突然向き合わなければならなくなったその心境だ。

表題作『富士子』は冒頭からして「富士子は不機嫌な女だった」と始まり目をひきつけた。
不機嫌かつ不器量な女/富士子はふいに万人から嫌われている不安に捕われ、沖縄で心機一転、夫と賄いの兼子とともに宿を始めたが またたくまに柔和な人間へと様変わりする。
彼女の「改善」ぶりを夫に評価され自分が自分でなくなったと激怒するところがまた面白いのだが、なぜ彼女が豹変したか? その豹変の現況となるモノの正体が沖縄という島独特のホラーをかもしている。
(続編として『浜沈丁』ではそのモノと富士子が協力して宿を買収に来た「同類」の交渉人とバトルを繰り広げる)

『あまびえ』は 刺身に目がないくせ生簀にだけは嫌悪する大物政治家が、幻の魚を目指し島へ出向く。
『雪の虹』 詐欺で失敗し夜逃げする男が警察から逃げるようにして島へ渡り、次第に疑心暗鬼にとらわれていく。
『恋骸』 亡き同郷の恋人を弔うため、彼との深い愛とそれゆえの転落劇を手紙にしたため婚約者に残した女。彼女が向かう故郷の島には「お前となら死んでもいい」と繰り返した彼の言葉が亡霊と共によみがえる。

以上の表題作5点を押さえ、私が一番心に残ったのは冒頭の『友造の里帰り』である。

職人気質に仕事一本でやってきた初老の建築業者、友造は初めて同郷だという女に入れあげ慣れない不倫旅行に踏み切った。 友造の心には島を捨て去った思い出、病床の母を面倒もみず、その治療費問題で叔父と仲たがいしたまま死に別れたやるせない苦い思い出ばかりが蘇り、せめて廃屋となった家をこの手で取り壊そうと向かった生家だが、そこで思わぬ人物に対面する。

生きていれば日々 色々な人や物事に出くわし、嫌な出来事や感情も経験する。
それが耐え難いほどのものであればあるほど、それを忘れてでも今を穏やかに生きようとするだろう。

しかし清算せずに押しやった思い、投げ捨てた損ねた過去はいつかどこかで不意に現れるかもしれない。

己の過去や罪、わだかまりを心に隠し続けた彼らのように。
己の不器量さやトラウマが不意に形になって現れた彼らのように。

一番の「恐怖」というのは人の数だけ存在する。
私が、彼が、あなたが、一番思い出したくない、認めたくないソレが目の前に現れること。
それが本当の恐怖であり、同時に避けては通れない自分自身の一部でもある。

人が一番怖いもの。
それは後回しにしてきた未清算の自分の心なのかもしれない。


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