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zoom RSS 『里山のおくりもの』 by 今森光彦

<<   作成日時 : 2010/06/29 09:21   >>

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先日、新宿コニカミノルタプラザで公開されている写真展に出向いた。
今森光彦写真展「里山」〜人と自然がともに生きる〜(2010.6/1〜6/22)

人と自然がともに生きる…というその副題の通り、都会のビルの一室に広がっていたのは
自然と人の共生の物語、重ねられてきた歴史と、その成果であった。

野山の明るさ、森林の静寂、澄み渡る田園風景とそこここに息づく動物、虫、鳥、そして目には見えない山の神々。

山神を祀り、土地神を敬い、畏怖し、愛し、慰め続けた里人の祈る姿。
かの民俗学者、柳田国男は日本人のルーツは本来「山人」にあり「平地人を戦慄せしめよ」という有名な言葉を残している。
その説の正否は学者や今後の研究にお任せするとしても、大自然を前にして人は戦慄し、畏怖し、敬うことしか出来ないということは古今東西を問わずしてではなかろうか。
その自然…山と比較的自由を許された平地の中間点「里山」は、たんなる都会人が憧れる「自然に囲まれた田舎」でもなく、逆に「人工的な虚偽の自然(田舎)」でもない。
人間が山を敬い恩恵を受け、時には天災を被りそれでも立ち上がり、手を入れ、足を入れ築き上げてきた。山という自然と人との歴史が共生し混ざり合ってできた集大成なのだ。里山は。

その里山の風景を、息をのむほどの美しさで写真家/今森氏は撮り続ける。
私のように何気なくふらっと訪れた若輩者にすら、言葉に表しきれない感動を伝えてくれる。
これほどの人を感動させる風景がたんなる人工物であるはずがなく、
どこか懐かしい優しさをふくむいくつものシーンが自然だけで構成されるものでもまた無いのだ。

里山にはともに生き歴史を重ねてきた人間という「動物」も一つのパーツとして確かに存在している。
人の介入を許さない純粋な「山」ではなく、その少し平地寄りの中間点で 人が長い時間をかけて築き上げてきた場。「里山」。

田畑の神に収穫を祈り手を合わせる農民の姿。
人が作り上げた田園に生息する小さな生物。
人の「手入れ」によって生命力を吹き込まれる森林。
そのような風景を目にし、私は人として自然に関わることが出来ることを幸福に思われる。


本書「里山のおくりもの」は そんな写真を撮り続けている写真家、今森光彦氏の言葉が優しく添えられている写真集だ。 手紙といってもよいかもしれない。

「ぼく」今森氏は人と自然と生物たちが仲良く共存している里山にアトリエを構える写真家である。
レンゲ咲く春の棚田と田植えをする農家の人、青く広がる生き生きした夏の田んぼ。
黄金色に広がる秋の田、刈入れ干された稲。
全てが雪に覆われて静寂に包まれた冬の里山。
春夏秋冬。田んぼを中心に人と生物たちの生きる様々なシーンが四季を追って切り取られている。

「里山からのおくりもの」

それは何なのか。言葉より結論より先に、感じたくなる。そんな写真集である。
里山のおくりもの ― 日本の原風景
世界文化社
今森 光彦(いまもり みつひこ)

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