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zoom RSS 『春狂い』 by 宮木あや子

<<   作成日時 : 2011/01/25 12:55   >>

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愛憎という言葉がある。・・・愛は人を寛大にするとは限らない。
愛するが故に許せない、憎らしいほどに愛おしい、恋しいが故に相手のすべてを束縛してしまう、そういう愚かしいほどの独占欲にまみれた愛情を描いた物語は数多く、また逆にすべてを与えたいと願う無償の愛もまたよく見られる愛のかたちである。

ドラマチックな展開があればあるほど読者は夢中になり、ドロドロの愛憎劇であればあるほど人は興味を示さずにはいられない。だから昼ドラも少女漫画もますます過激な物になって行く。
そんなありきたりの愛憎劇に飽いている今日この頃、本作「春狂い」は私に一つの疑問と衝撃を投げつけた。

あの『花宵道中』で花魁の世界を舞台に女の激しさ、哀しさ、切なさ、愛おしさを見事に描いた著者が、現代を生きる美しく孤独な少女をもって「愛」の新境地を描く。

主人公の少女は生まれながら男を狂わせる美貌を持ち、教師も父親さえも彼女に欲望のまなざしを向けていた。同性からは陰鬱ないじめを受け世界を呪い、死を望んでいる自分に気がついた時、全く同じ境遇の少年に出会う。
実の兄から性的支配を受けた少年と実の父と男全てから逃げ続けた少女。二人は美し過ぎるが故に世界から支配欲と独占欲に虐げられ辱められ、その世界から逃亡するが失敗、少年は死に追いやられてしまう。
少年を辱めた兄への憎しみと復讐という目的だけを胸に生き続ける少女は、進学した桜舞い散る女子校で一人の教員・・・少年の兄その人に出会う。
少女の壮絶かつ淫乱な復讐は周囲の教員たちを巻き込うが、彼らは少女の周りで静かに狂いつつもある種恍惚を得てゆく。
憎悪と狂気の関係で結ばれた彼らの異常な関係が生み出すものはなにか?

 憎しみが薄らぐことなくそれを愛し、赦すことがきるのか?
 そして、憎しみが愛に変わる可能性と、哀れみが愛に変わる可能性と、どちらが高いのだろう?

最愛のひとを死に追いやった憎悪すべき男を、少女は愛することができるのか?
彼女はその死を前に一つの答えを残す・・・。

彼女は少年を失い両親を失い、彼女を保護し心を寄せた男を失った。
居場所も「関係」も失って行くわけだが、居場所の喪失は自分が「生きている」とその存在を人に認識される場を失うということでもあるのだろう。
彼女が死んだ後にも亡霊となってある教員の恋人に憑依しことの顛末を伝えようとするわけだが、本当の目的はおそらく、覚えていてもらいたいということだ。

「誰かが望んだ永遠の春」最後の一文に記された永遠は、支配や独占の対象としてではなく、一人の人間としてその名を忘れずに、思い続けるだけで叶うのかもしれない。
その思いは恋でもなく愛でもなく、憎しみですらあり得るのだろう。

そして「憎しみが愛に変わりうるか」という問いが 復讐の果て、全てを失った彼女の人生を肯定する。
たとえそれが愛憎まみえていようとも、同じものを心から愛し、同じ方向に思いを注いでいた人間を人は憎み続けることができるだろうか?愛することができるだろうか?

愛することも憎み続けることもできない彼女にできることは唯一、赦すことだけだ。

赦すということ。
それは人間が愛し愛され、生き続けるためにできる唯一の道なのかもしれない。


春狂い
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宮木 あや子

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「春狂い」宮木あや子
桜の園を生きるには、少女はあまりに美しすぎた。 宮木あや子が描く、美しく残酷な10代の性と愛、そして、希望―― 生まれもって人を狂わすほどの美しさを内包した少女。その美しさゆえ、あらゆる男から欲望の... ...続きを見る
粋な提案
2011/07/27 03:48

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