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zoom RSS 「東京奇譚集」 by 村上春樹

<<   作成日時 : 2011/07/29 12:45   >>

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今をときめく村上春樹の作品について語るとき、「これぞ」とか「さすが」とか「村上流」などの形容詞を頭に付ける人が多いけれど、悲しいかな割と最近の、2、3作品しか読んだことのない私にはそれが出来ない。
しかしながら彼の作品の多くが、ほんの少しのファンタジー(不思議)と それに反して現実に根を下ろした冷静な視点、そしてなにより人と人との関係性、かかわり合いがドラマチックに描かれているのが分かる。

きっと著者村上氏は人間を信じていて、人間が好きで、諦めきれない。と同時に文章の力も同じように信じていて、好きで、小説家としても文章そのもの、ペンの力というものを諦めない、ロマンチストでもあるはずだ。
本作は5作のちょっと不思議な事象とそれにまつわる人々が何かを無くし、その大切さを自覚して受け入れるまでの物語である。
一つ読み終わるたびに感じるのは、舞台も登場人物も現実的で目線も語りも冷めているのに、物語中の非現実的な事象が彼らにあっさり受け入れられているというギャップだ。しかし読者(私)がそのギャップを気にせず、最後に「ああ、良かったね」と主人公たちに語りかけ、わずかなつながりすら感じてしまうのは・・・やはり村上氏による物語の力であり「狙い」なのだろう。

彼ら主人公たちはみな何かを失ったり関係を壊してしまったりして傷ついているのだが、自分がそれに傷ついていることにすら無自覚である。
ある不思議な出会いや現象・・・例えば思いを寄せてくれた女性と喧嘩別れしたままの姉とどちらも同じ乳がんの手術を目前にしていたという「偶然」や(第1章:偶然の旅人)、事故死したサーファーの母親がハワイを訪れたが自分には見えない息子の「姿」を知る話(第2章:ハナレイ・ベイ)、自分の名前を思い出せなくなってしまう女がひょんな出会いから不思議な心理カウンセラーの助けにより猿から名前と封印していた過去を返してもらう話(最5章:品川猿)など。

主人公たちはふとしたことで何かを喪失し、その大きさも大切さにも気づかずに日々何となく過ごしている。それはきっと平凡で楽で円滑な日々かもしれない…が、それは本当の自分であろうか。過去の自分とその周りの人々と思い出とを消してしまい込み関係を絶つことはきっと、悲しいことを無いことにするよりも哀しいことに違いない。
彼らは皆、現実と自分と過去と人々との関係を全て受け入れて、ほんの少したくましくなって生きていくに違いない。偶然の出会いやちょっとした偶然からもう一度それらに向かいあう機会を得る。そこを私たちは読むことが出来る、その場に立ち会うことが出来る、そんな喜びを感じてしまう。

本書は数年前に読んだきりでこれで2度目の再読となったが、改めて村上氏の文章と物語にかける姿勢が伺われる。
きっと彼は物語をより多くの現代人に語り、「出会ってもらう」ことで少し元気になって生きてもらう。
ロマンチスト村上氏はそんな願いを込めているのではないだろうか。

画像

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