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zoom RSS 『雪が降る』 by 藤原伊織

<<   作成日時 : 2012/02/08 17:07   >>

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若いなりに悩みながらも自分のことで手一杯、好き勝手生きて来た青春の10代。
社会や世界というシステムに組み込まれながら世間体に折り合いを付けるすべを身につけた20代。
そして私は今、30代。年輩方からはまだまだ若造と言われそうだが、それでもそれなりに人生とか自分の現実的な立場や将来を考えるようになった。
そしてこの作品を読み、人生は諦めと後悔の積み重ねなんじゃないか、などと思い始めている。

大人になり社会にでて生きていくということ、それは多少なりとも自分を殺し集団に埋もれ、社会に服従することを意味する。それは人間的、人道的にはにマイナスとされる面ではあるけれど、人は弱い生き物だからそんな緩く優しく濁った居場所はときに様々な重荷を埋没させてくれる逃げ場でもあるのだ。

仕事に終われ繰り返される無味乾燥な退屈な日々。それは、生きて行くには辛過ぎる思いや背負って行くには余りにも重い過去を、日常のなかに埋もれさせ、忘れさせてくれる安穏の日々でもある。
藤原氏の描き出す「大人」たちは誰もがそんな風にして、自分の深い思いを心の奥底に仕舞いこみ、忘れて生きている哀しくも愛おしい人間たちだ。

じつは藤原氏の短編集を読むのは本書が初めてである。
どれもこれもラストが効いた、読者をうならせる作品ばかりなのだが、最初の作品『台風』が一番感動した。
事件は唐突に起き、忘れていた過去の思い出は中年となった彼らの心へ怒濤のように押し寄せる。
己の判断の甘さと勇気のなさのせいで新入社員の殺人未遂を防げなかった事件の顛末に、かつて父が犯した同じミスと永遠に失われた青年の夢、その彼に想いを寄せていた姉の夢と少年時代の自分自身を思い起こす。

「そうだ、雨の中を行こう。いくら濡れたっていい。あの青年のように胸をはり、風のなか、頭を上げ歩いて行こう。この夜、今のおれが家に帰るには、その方法以外ない。それしかない。」

この3行のためにこの物語は用意されたのではないかと思う、それほどにかっこいい。
かっこいいなど、ありきたりの言葉で申し訳ないが、それ以外にあてはまる言葉が見つからないのだからしかたない。

続く表題作『雪が降る』も突然のメールによって思い起こさせられる過去の話だ。
「母を殺したのはあなたですね」という1通のメールが、出世頭の友人の息子から乾いた日常に埋もれる男のもとへ届く。男は友人の妻となってしまった青年の母と一夜を共にし、ある約束を果たせぬまま彼女は交通事故で逝ってしまった。思い出の映画タイトル同様「空白を疾走」をして来た男だが、青年は母が生前遺していた「送信しなかったメール」を彼に託す。
そして長い年月が経った今、彼女もまた空白を疾走していたことを知る…。

メインのストーリーもさることながら、しかしラストがかっこいい。
青年の父であり、主人公の友であり、彼の愛した女の夫であり、今会社を去り行く男が何も知らぬまま、主人公にあてがったネクタイ。その仕草。
男はどうしてかくも不器用で、かっこいいのかと泣けて来てしまう。

これもやはりありきたりだが、人生には喜びの数だけ悲しみがあり、愛しさの大きさだけ憎しみもあり、真実の数だけ誤解もあって、そのたびに人は泣いたり笑ったり、愛し合ったり別れたりする。
明日を生きるため、思いを断ち切ることも有るだろう、忘れることもあるだろう。

それでも本当に忘れ去ってよい思い出など一つもないのではないかと、そう思えて仕方がない。
いや、思いたい。そう信じさせてくれる藤原氏のロマンである。



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